わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『イングランド・イングランド』(ジュリアン・バーンズ著、古草秀子訳、創元ライブラリ)

2021年11月9日

 

f:id:yaswatercolor:20211109174344j:plain

 

 

朝日新聞の書評欄に本書が紹介されていたのに興味をもち読んでみました。著者ジュリアン・バーンズは1946年イギリス・レスター生れ。オクスフォード大学卒業後、オクスフォード英語辞典の編集などの仕事を経て文筆業へ。イギリスのブッカー賞などを受賞したイギリスを代表する知性派作家です(本書のカバーの説明をほぼそのまま転載)。

 

ストーリーは、イギリスの大富豪がブリテン島の下にある小島に本物のイングランドと同じものを揃えたテーマパークを建設するという、ちょっと奇想天外な、スケールの大きなお話です。主人公はマーサという若い女性、そしてそのテーマパークを企画する大富豪サー・ジャック・ピットマンです。マーサの少女時代から話が始まり、マーサがテーマパークの運営責任者であった大富豪にコンサルタントとして雇われ、やがてその富豪を追い落として、自分が最高経営責任者になる。しかし、内部での裏切りにより今度は自分がそのテーマパークから追放されて、イングランド(本物のイングランドがオールド・イングランドとよばれ、最後はアングリアという名前に変わっている)の田舎に住んで歳を重ねるという話です。その間、本物のイングランドが急速に衰えて行く状態が描かれるのですが、その辺りが実はこの本の見せ場(読ませどころ)ではないかと思います。

 

著者の文章はとても知的で、皮肉やユーモア(ブラックユーモア?)にも富み、なかなか楽しめる内容です。一体このテーマパークで何が起きるのか、先が読めない面白さ。そして登場人物の巧みな描写。イギリスの知識層の意識と雰囲気をよく反映した文章です。

 

イギリスは現在人口6,700万人ほどの小さな島国。その栄光の歴史と、そして政治、社会、経済、文化、科学、スポーツなどあらゆる分野で卓越した力で、これまで世界をリードしてきました。しかし、かなり前からその勢いに陰りが見えています。その陰りを極端に表現した本書の「未来のイングランド」の描写は、ちょっとやりすぎかなとも思いましたが、現実にイギリス人は先細る自国の未来をどのように捉えているのか、著者の文章に興味をそそられました。

 

本書を読んで、やはり日本の読者なら、日本の近未来を考えてしまうのではないでしょうか。例えばこれから80年先の2、100年。日本は人口が現在の1億2,000万人から7、500万人へ。現在のイギリスとほぼ同じぐらいの人口規模になります。しかも世界トップレブルの高齢化が進みます。イギリスと違うのは、自然災害のリスクがイギリスよりずっと大きいこと。地震、火山噴火、台風、梅雨の大雨などなど、これから日本を待っているのはかなり過酷な自然災害です。それと東アジア特有の政治・経済・社会環境。もし、読者がこの本を読んで、自国の近未来を頭に描こうとするならいったいどんな世界が描けるのか。そういうことをじっくり考えるきっかけを与えてくれるだけでも本書を読む価値があると感じました。