わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『悠久の時を旅する』(星野道夫著、クレヴィス)

2021年11月4日

 

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岡山県立美術館で開催中の「特別展 星野道夫 悠久の時を旅する」(2021年9月28日〜11月7日)を見ました。星野さんは1952年生まれの写真家で、北極圏の野生生物や自然、人々の暮らしをテーマに発表。1996年43歳の時にカムチャツカ半島で取材中にヒグマに襲われて命を落とすまで、24年間にわたって多くの写真と文章を残しました。

 

星野さんは慶応大学1年の時に東京・神田の古本屋で『アラスカ』という本を見つけ、その本に掲載された小さなエスキモーの村の写真にひきつけられました。その村シシュマレフの村長あてに英語で手紙を書いて、村に滞在できないかと頼みます。その手紙の原文が展示会場の入り口に大きく拡大されて展示されていました。英語の文章は大学1年生とは思えない実にしっかりした英語で書かれています。その返事に対してそれから半年後に村長から「来ていいよ」と返事が来ます。その手紙も拡大されて展示されていました。それが星野さんの「冒険」の始まりでした。

 

星野さんの動物写真はこれまで何度か目にしたことがありましたが、やはり本物は迫力がありました。星野さんの解説文が書かれたパネルがところどころに展示されていたのですが、その文章がとても素直で読みやすく、またその文章の内容にもいちいち感銘を受けました。本書では、その星野さんの写真と文章が230ページ余りの大型本としてまとめられています。

 

地球には極北の厳しい自然の中でも多様な生き物が生きていて、また人々の暮しもある。その生き物の生存や人々の生活が、地域の開発で脅かされていることをつよく危惧する著者。写真家として活動しながら、実は生物学者生態学者あるいは文化人類学者とも言える視点がその作品群に強く現れています。

 

カリブーの旅と題された文章は印象的です。

「いつも、いつも、遅く生まれ過ぎたと思っていた。かつてアメリカの大平原を埋め尽くしていたバッファローは消え、それと共に生きていたアメリカインディアンも大地とのかかわりを失い、あらゆる大いなる風景は伝説と化していった。人間は二十一世紀を迎えようとしているのである。が、今私の目の前を、カリブーの大群が何千年前と変わりなく旅を続けているのを見て、何かに間に合ったような気がしたのである。(中略)

 私はカリブーがいなくなった地平線を見つめながら、深い感動と共に、消えてゆく一つの時代を見送っているようなある淋しさを覚えていた。

 いつの日か、この極北の地にあこがれてやって来た若者は、遅く生まれ過ぎたことを悔やむのだろうか。」

 

星野さんが亡くなってから25年。今や地球温暖化がますます進み、厳冬期でも北極海が凍らなくなったり、極北地域の永久凍土が溶け出したりする事態になっています。星野さんが生きていたら、この事態を目にして何と言うでしょうか。もし今、この極北の地にあこがれて来る星野さんのような若者がいたら、遅く生れたことを悔やむのは間違いありません。

 

星野道夫。41歳で結婚。42歳で長男誕生。そして43歳で死去。短い結婚生活しか送れなかった奥さん(直子さん)が気の毒ですが、星野さんのこんなエネルギッシュな人生を後世に伝える仕事をなさっているようです(本書の監修者)。応援したいです。

 

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