わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 『通訳者たちの見た戦後史 月面着陸から大学入試まで』(鳥飼玖美子著、新潮文庫)

2021年9月7日

 

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英語に長く関わってきた鳥飼玖美子さんの自伝的戦後史です。タイトルに「通訳者たち」とあるのは、鳥飼さんだけでなく、国弘正雄、村松増美、西山千など、当時の著名な通訳者のそれぞれの英語との出会いや、彼らが歴史的な出来事のなかで果たした役割についても語られているからです。本文を読み始めての第一印象は、さすがに長年言葉(英語)を扱い、研究してきた人だけに、文章が明解でわかりやすいという点でした。

 

前半の部分で特によかったのは第3章の「アポロ宇宙中継と大阪万博、そして沖縄返還」の中のアポロ宇宙中継の部分でした。日本中がテレビで固唾をのんで見守った1969年7月のアメリカのアボロ月面着陸中継と、そのときの同時通訳を思い出してなつかしくなりました。テレビに登場した同時通訳者の西山千さんの顔もはっきり憶えています。その時の裏話がとてもおもしろい。聞き漏らさないように、また誤訳をしないように緊張して宇宙飛行士とNASAの交信を聴いている通訳者とその周りのスタッフの姿が臨場感のある文章で書かれています。

 

やがて鳥飼さんは通訳の仕事から、大学の英語教育へと転身します。これに関連して第4章「偶然の積み重ね – 通訳から大学英語教育という世界へ」で書かれている日本の戦後の英語教育の歴史も興味深いです。

 

そして私が最も好きだったのが第6章の「教育そして教師というもの」でした。この部分は鳥飼さんの素直な飾らない文章が光っています。小学生時代から高校生時代にかけての思い出、そして教師となって英語を教えた経験について書かれています。著者は私より3歳年上なので、過ごしてきた時代背景はほぼ同じですが、小さい頃から英語を軸に据えて積極的に生きてきた著者の姿がよく伝わります。普通の小学生がふとしたきっかけから英語に目をひらかれていく様子が興味深く描かれています。そして教師となって感じる様々なこと。教育には時間がかかる。そして教師は多くの失敗を積み重ねて生徒とともに成長する。著者の気持ちがよく理解できます。

 

そして第10章「思い込みからの脱却」。英語教育と大学入試についての意見と提言。なるほどと思えることが沢山書かれています。英語教育政策のどこが問題かが分かります。

 

とにかく英語を軸に生きてきた人です。子どもを3人育てながら、夫や家族のことが殆んど書かれていないのは(両親のことは初めにかなり詳しく紹介されていましたが)、それだけ仕事中心に生きてこられたせいなのでしょう。間違いなく女性活躍社会をリードした一人といえるでしょう。本書のタイトルも、戦後史ではなく「英語通訳者から教育者へ」というような、人(女性)の生き方を大きく捉えたタイトルの方が本書によりふさわしかったような気がします。