わたしの水彩スケッチと読書の旅

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名著を読む 『ご冗談でしょう、ファインマンさん』(ファインマン著、大貫昌子訳、岩波現代文庫)(そのII)

2020年8月28日

 

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「僕は自分が学生だったころの彼の講義の様子をいまだにまざまざと思いだす。教室正面に立った彼は、入ってくる学生に笑顔を向けながら、教壇代わりに横長く据えられた黒い実験台を指でたたいて複雑なリズムを打ちだしている。少し遅れて入ってきた学生が席につく間、彼は今度はチョークを手に取り、何か秘密の冗談ででもあるかのように、嬉しそうにニコニコしながらまるでプロの賭け事師がポーカーのチップをもてあそぶように、指の間で凄いスピードでくるくる回しはじめる。そしてなおもニコニコし続けながら、彼の知識を僕らに頒(わか)とうと、彼の公式、彼の模式図を通して物理学を語ってくれるのだ。その顔に笑いを、その眼に輝きをもたらしたのは、秘密の冗談でも何でもなく、物理学そのものだったのだ。物理学の喜び! そうだ、その歓喜は僕らの間にどんどん伝染していった。僕らはそれに感染して幸せだったと思う。」

 

これは本書の「はじめに」に書かれたカリフォルニア工科大学アルバート・ヒッブス博士の言葉です。ちょうど講義室の席に座ってファインマン先生の講義が始まるのを待っているような、そんな感覚に襲われそうな文章です。こんな楽しそうな雰囲気の講義なら聴いてみたいけど、でも、実際の講義の中身は難しいんでしょうね・・・。

 

実際、ファインマン博士は教育がとても好きだったようで、本書の「第4章 コーネルからキャルテクへ ブラジルから香りをこめて」では、そのことが書かれている部分があります。新米教授としてコーネル大学に赴任した頃、長期のブラジル滞在の頃、そしてカリフォルニア工科大学に移るまでの逸話には、ちょっと教授としてはタガが外れすぎている、と思わせるところもたくさんありますが・・・。

 

そして最後の「第5章 ある物理学者の世界」。ここでは初めて訪問した日本の印象なども語られています。湯川秀樹博士との出会いや朝永振一郎博士の話も出てきます。そして、ノーベル物理学賞受賞の対象となった研究の「思考の現場中継」のような、とてもワクワクする部分もここにあります。研究の中身が分からなくても、新しい発見をする研究者のドキドキ感が伝わってきます。そして、ノーベル賞の授賞式、そして受賞後の生活の変化、などなど。実は受賞後、ファインマンさんが望んでいなかったことまでが次々と起こって、困惑する姿も描かれています。

 

そして最後の最後に、カリフォルニア工科大学の卒業生に贈る言葉が書かれています。これは本文の最後の20ページほどの部分ですが、若い物理学研究者の卵に対しての、温かいメッセージが込められた、とても内容のある文章です。「科学者として徹底的な誠実さ、己をごまかすことのない潔癖さを維持して、研究所や大学での地位や、研究費のことや、社会的評価を気にしないで、自由に生きていきなさい」というメッセージが響きます。

 

読書を通して、優れた人物やユニークな考え方に出会う。これが、まさに読書の醍醐味です。本書は、理系・文系に関係なく、どなたにでもおすすめできる本です。