こんな本読んだことありますか? 『昭和の犬』(姫野カオルコ著、幻冬舎文庫電子版)
2021年7月14日
姫野カオルコという作家を知ったのは、辰濃和男著『文章のみがき方』(岩波新書)の中の「自慢話は書かない」という章で、辰濃さんが姫野カオルコさんの文章や作品を取り上げて、ほぼ激賞に近い賛辞を寄せているのを読んだときです。そこでは、姫野カオルコは「自分がピエロになる、自分の欠点を容赦なく書くことを自分に課している作家」として紹介されています。それ以来、いつかこの作家の本を読んでみたいと思っていました。
今回読んだ本は、平成27年発行。第150回直木賞受賞作品です。昭和の犬というタイトルから、犬のことを書いた本だと思って読み始めました。確かに次々と犬との出会いの話がでてきますが、主題は昭和30年代以降の時代と、滋賀県で生れ育った幼少期・少女期から大学進学で上京し50歳近くの年齢に達するまでの一人の女性の人生録です。犬や猫とのエピソードがそれを彩っています。犬や猫への切実な愛情や忘れがたい思い出を描くのではなく、むしろその部分は淡々と描かれています。主人公の柏木イクという女性(多分姫野カオルコ本人)のことはそれほど多く書かれていなくて、むしろイクの両親や周りの人達の描写が多く、それによってイクの人物像が浮かび上がってくるような書き方です。
舞台は滋賀県と東京。イクの両親はともに大正生れで滋賀県出身。イクも両親も滋賀の方言で語ります。イクの父親は語学学校の教師で180cmの長身。戦時中は陸軍武官で、長期のシベリア抑留を終え、ナホトカから舞鶴への引き揚げで帰国。イクが5歳の時にそれまで預けられていた宣教師館から父母のもとに戻るところから物語がスタートします。
作品中の滋賀の方言は、私にとっては懐かしいものでした。私の父も大正生れで、出身は福井県と滋賀県の県境付近の山の中。鯖街道で有名な福井県の村です。父が話す言葉には、標準語の他に、時々この作品中に現れた方言と同じものが混じりました。私の父も戦時中は陸軍(少尉)でした。幸い国内で終戦を迎え、国外には派遣されずにすみました。イクの父親と同じ180cmの長身。鍛えた体で子どものしつけも軍隊調で厳しく、幼少期・少年期に貧弱な体躯だった私から見るとやはりかなりこわい父でした。作者の姫野カオルコさんと私は、私の方が10歳ぐらい年上ですが、昭和の時代の経験は多くが共有できます。彼女の考え方にも共感をおぼえました。
この作家を評価する人は多く、近著『彼女は頭が悪いから』は、東大の文系サークルで起きた事件を扱った内容で、新聞の書評欄にも取り上げらています。機会があれが読んでみたいと思います。