わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 『邂逅(かいこう)の森』(熊谷達也著、文春文庫)

2021年8月21日

 

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物語は大正3年の冬、山形県の月山(がっさん)山麓から始まります。山中で獣を追うマタギの暮らしを題材に、東北地方の自然と男の生き様がドラマティックに描かれ、はじめからどんどん物語に引き込まれました。

 

著者の熊谷達也氏は1958年仙台市生れ。63歳。この『邂逅の森』で山本周五郎賞直木賞をダブル受賞しました。

 

例えば、雪山の描写にしても、狩猟の場面の描写にしても、緻密で具体的で、全くマタギというものについての知識がない我々にもよく理解できる描き方です。そして獲物であるアオシシ(ニホンカモシカ)やツキノワグマの生態の描写もいい。マタギがどのようにして獲物を仕留めるのか、その場面の描写が初めから最後まで読者を圧倒します。

 

明治23年に秋田県の山中の集落で生れた主人公が、夏は貧しい小作農、冬はマタギとして雪の冬山で狩猟の生活をし、次第に一流のマタギとして成長していきます。様々な動物が狩猟の対象になるなかで、特にクマはその胆嚢を乾燥させて作る熊の胆(くまのい)があらゆる病気に効く万能薬として重宝されたため、最高の獲物でした。クマを仕留めるために東北のマタギ達がまさに死闘を繰り広げます。そして当時の歴史的な背景や東北の風土、風俗、文化をよく調べあげたうえで、この作品は作られています。題材のユニークさ、東北地方の当時の民衆の生活と文化、そして地元の方言、そんな特別のものに触れられることが読者にとっての大きな魅力ではないでしょうか。

 

そしてこの本には、やはり物語(フィクション)としての面白さがあります。ちょっと現実離れした状況や男女の関係なども描かれますが、まあ明治・大正の時代までの社会にはこんなこともあったのだろうと納得がいきます。全体を通して、この時代の男の生き方を書いてみせた作品といえるでしょう。男女共同参画ジェンダーが重視される現代では、本書に流れる男性観や女性観がやや時代錯誤的であるとする人があるかもしれません。一昔前の東北地方山岳地域の生活・文化を知るよい機会ととらえたいとおもいます。

 

巻末に、最近亡くなられた田辺聖子さんの「解説」があるのが意外でした。田辺さんは直木賞の選考委員で、この作品を審査した一人だったようです。

 

「町住まいの私が、雪の峰々を、目交(ななかい)に見、熊の体臭を嗅(か)ぎ、マタギの不死身の根性に同化することができた。(中略)

 強い酩酊を与えられる、佳品である。私は佳き小説に邂逅したことを喜ぶ。直木賞にこの佳作を得たことも、喜びたい」

 

これは田辺さんの解説のほんの一部です。私は、何か民俗学の本、例えば宮本常一の著書『忘れられた日本人』に通じるような雰囲気をこの作品に感じました。