わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

この本もう読みましたか?  『熱源』(川越宗一著、文藝春秋)

2020年5月4日

 

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第162回直木賞受賞作です。北海道、樺太、ロシアが物語の主な舞台。明治から日露戦争、そして第二次大戦までの時代を背景とした歴史小説。そしてアイヌ民族と和人、ロシア人が登場します。戦争、疫病、革命、冒険、教育、民俗学、そして言語学まで出てくる。ちょっと最近読んだことのない大きな時間スケールの物語です。

 

ロシア極東、樺太、北海道の人々というと、私はすぐに今から約4万年前といわれる現生人類ホモ・サピエンスの移動をイメージします。彼らはシベリア大陸から樺太を経て北海道や本州へ移動して、縄文人として定着しました。アイヌの人々は多分このような移動をした人類を祖先にもつと認識されています。しかし、私のアイヌ民族への理解は表面的なもので、いつか何かの機会にその理解をもっと深めたいと思っていました。この『熱源』は、今回そのよい機会を与えてくれたと思います。

 

作者の川越さんは、そのような異人種、異文化の混じり合う状況のなかで、時代の流れに翻弄されながら、自分に与えられた命を生きた人々を淡々と描いています。もちろん物語に決定的な意味をもつ場面では、文章に読者を引きつける感情の高揚がみられますが、個人の出来事には深くとらわれることなく、どんどん時が流れ、時代が過ぎていく。細かい個人的情念に揺さぶられているゆとりはなく、時代は次々と移っていき、ドラマが展開します。こういうややドライともいえる人物や時代の描き方は多分男性作家に特有なのではないかと思いますが、私の好きなスタイルです。

 

私はどちらかというと小説が好きではなく、これまでノンフィクションばかり読んできました。しかし、今回のこの本は、私の「地理」、「歴史」、「文化人類学」、「語学」、「教育」への興味を満たしてくれました。また、歴史考証がきちんとなされていて感心しました。ストーリーの展開も興味深く、最後の「終章 熱源」を読むのが惜しくて、それまで一気に読んでいたのを、ここで止めたほどです。異文化・異人種の人たちがどこかでつながっていって歴史が出来ていく。それが分かる本でした。