わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 「柳橋物語・むかしも今も」 (山本周五郎著、新潮文庫)

2017年3月30日

 
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前進座の公演「柳橋物語」を観ました。原作は山本周五郎。江戸時代にタイムスリップしたような世界、しかもとても迫力のある舞台。そして人間味あふれる情緒豊かな、そして感動的なストーリー展開で、とても満足しました。舞台俳優の演技と声の力。舞台の照明や効果。演劇の力はすごいと思います。

 

帰宅して、本箱に並んでいた「柳橋物語・むかしも今も」をゆっくり読んでみました。

山本周五郎は明治36年(1903年)山梨県生まれ。東京・横浜育ち。小学校卒業後。東京木挽町の質店山本周五郎商店に徒弟として住み込む。ペネームは、文壇で活躍するまで周五郎を支援してくれた質店の店主山本周五郎への感謝の気持ちを込めて使ったそうです。「柳橋物語」の原作を読むと、前進座の舞台は原作に忠実に作られていることが分かります。主役のおせん、おせんの祖父の源六、そしておせんに思いを寄せる幸太と庄吉。これらの人たちを中心に江戸の下町の風情と普通の庶民の人情を見事に描いています。本文中の登場人物の会話のやりとりが現代風の言葉でとても分かりやすく、まさに舞台向きの原作です。江戸の大火の場面は、山本周五郎関東大震災や第二次大戦の東京大空襲での体験が生きているそうです。なるほど、火に追われて逃げ惑う人々の発する叫びや真っ赤な空の描写、焼け落ちる建物の描写などがとてもリアルです。舞台でもこのあたりの設定と演出がとてもうまかったです。悲しい愛のストーリーなのですが、最後に希望が持てます。

 

本の巻末に奥野健男氏の解説がのっているのですが、これがとても分かりやすい。

山本周五郎の戦後の小説は、武家もの、下町もの、現代ものの三つにわけられる。ぼくがもっとも好きなのは下町ものである。江戸の下町の庶民の世界を書いた作品こそ、山本周五郎の真髄、真面目があらわれているように思う。この世界は山本周五郎にしか書けない世界である。山本周五郎によって、江戸の下町が、現代においてはじめて文学化、芸術化されたと言ってよい。

(中略)

柳橋物語』は昭和二十一年(1946年)作者43歳の時書かれ、『新青年』1月から3月までに連載された。これは余りにも、辛い悲しい作品である。ぼくははじめて読んだ時、おせんの運命が気の毒で、読み進むことができず、何度も巻をふせ、おせんが不幸になる中編、後編を逃げるように拾い読みし、そして暗然となった。

(中略)

地震、火事、水害、飢饉、これらの描写は、幼年期の王子での水禍、関東大震災、そして東京空襲など作者が体験した災害がもとになっているのであろう。特に敗戦の翌年に書かれたこの作品では、火災、食料不足、生活難、娼婦などがなまなましいリアリティを持っている。作者は江戸時代に仮託しながら、空襲下、敗戦下の庶民の苦しみを描いているのだ。

(中略)

これらの愛すべき人々を不幸に陥れるのは、自然と政治の暴威である。作者はその中にほんろうされながら、人間らしく生きて行こうとする人々に無限の愛情を抱く。」

 

この奥野さんの最後の文章、「これらの愛すべき人々を不幸に陥れるのは、自然と政治の暴威である」を読む時、まさに、どこの世界でも何時の時代でもそうだなあ、と共感をおぼえます。山本周五郎は市井に生きる市民を描いてみごとな作品群を残した作家であることが分かります。たとえ悲しい物語でも、最後に光が見えるのがいいです。これまで山本周五郎作品は「さぶ」しか読んだことがなかったので、また時間を見つけて他の作品も読んでみたいと思います。