わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 「ルポ トランプ王国 ― もう一つのアメリカを行く」 (金成隆一著、岩波新書)

2017年2月14日


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今、世界中が注目しているアメリカ合衆国ドナルド・トランプ大統領。なぜトランプ氏が大統領に選ばれたのか。まずそれを知りたくて、本屋さんで迷わずこの本を買いました。私もインターネットでCNNの大統領選挙開票速報を初めから最後までドキドキしながら見ていた一人ですが、大方の予想を覆して、そして私の予想も当たらず、トランプ氏が勝利しました。東部と西部ではクリントン候補の圧勝なのに、東部と西部に挟まれた広大なアメリカ大陸中央部の諸州は軒並みトランプ氏がおさえていく様子を見て、ただただ驚くばかりでした。
 
その「なぜトランプなのか? なぜアメリカ人はトランプを選んだのか?」の素直な疑問に答えてくれるのが、この本です。著者は金成隆一(かなりりゅういち)さん。1976年生まれの若い朝日新聞記者です。とてもエネルギッシュな取材です。生まれ変われるなら、次は新聞記者になりたい、とつい思ってしまうぐらい、若さとエネルギーの溢れる文章です。この本の「はじめに」の部分を引用します。
 
「移民や女性、身体障害者イスラム教徒らへの侮蔑的な言動を繰り返してきた実業家ドナルド・トランプ(70)が、世界中の大方の予測を覆して、アメリカの第45代大統領に選ばれた。
 選挙期間を通じて、日本の多くの人々は『なぜトランプがこんなに強いのか?』と首をかしげていたことだろう。
 それはニューヨーク駐在記者の私も同じだった。2015~2016年のアメリカ大統領選の取材は、わからないことの連続。正直な感想だ。 
 これらの問いへの答えは、ニューヨークなどの大都市で取材してもまったく見えなかった。
(中略)
 しかし、全米地図を広げれば、共和党の候補者を一人に絞り込む予備選でトランプが圧倒的な勝利を収めた街「トランプ王国」がいくつもあった。多くは地方だ。ここに行けば、答えが見えるかもしれない」。私は、今回の大統領選の最大の疑問の答えを求めて、2015年12月から、そうした街々に通い始めた。山あいのバー、ダイナー(食堂)、床屋、時には自宅に上がり込んで、トランプの支持者の思いに耳を傾けた。」
 
 
ミシガン、オハイオペンシルベニアの各州は、選挙期間中に盛んに「ラストベルト(錆びついた工業地帯)として紹介されていました。私がこの本を読みたかったもう一つの理由は、1970年代後半、私が20歳代後半に1年だけ住んでいたオハイオ州のこの30年間の変化を知りたいという気持ちが大きかったことがあります。私が住んでいたのはオハイオ州東北部の工業地帯ではなく、中部の田舎の小さな大学街でしたので、当時は鉄鋼業や関連企業が沢山集まっている場所を見るチャンスはあまりありませんでした。しかし、週末に車で少し遠出をして、クリーブランドの工業地帯、そしてミシガン州デトロイトなどを通ると、あちこちに大きな工場(多分製鉄所や自動車工場)が建ち、煙突から煙が上がり、工場労働者が多く住む街というのがひと目で分かりました。それらの工場が今や操業停止に追い込まれ、人々は失業し、その結果、街は錆びついてしまったのでしょう。デトロイト財政破綻して、住民の居なくなった街が荒れ放題となり、犯罪の巣になっているのはテレビで見ました。そういう状態の街が五大湖の周辺地域にはいたるところにあるのだと思います。
 
この本を読むと、そのアメリカの豊かさから取り残され忘れられた地域の人々の生の声が聞こえてきます。選挙でトランプを支持するしか他に道が無かったことがよく分かります。日本で見ていると、相変わらず「豊かな広大な自由なアメリカ」という雰囲気が強いアメリカ合衆国ですが、それは東部のニューヨーク、ワシントン、ボストン、そして西部のカリフォルニアだけで、内部は地域的な分断と経済的分断がかなり進んでいます。從來からある人種的分断もあります。一握りの超高所得者と大多数の貧困にあえぐ人々、かつては人口の大きな部分を占めた比較的豊かな中流階級層の没落、ヒスパニックやアジア系移民の急増、相変わらずの人種差別、銃犯罪の絶えない社会。もはやアメリカンドリームはとてもかなえられそうにないアメリカに絶望さえ感じ始めている人々。こんななかで、ヒラリー・クリントン候補はこれから社会に大きな変化を起こしそうにない保守的な既得権層(エスタブリッシュメント)の代表として、経済的没落を心配する人々、特にかつての中流白人層、から拒否されたのだと思われます。
 
今、アメリカを中心に世界が大きく動いています。この動きの中で日本がどうなるのか、我々にとっても目が離せないとても重要な時代になってきました。日本は少子高齢化が進んでいます。貧困家庭の増加も顕著です。アメリカほどではないにしても、社会の経済的分断、東京とそれ以外の地域の分断は刻々と進んでいきます。アメリカや中国やイギリスなどのヨーロッパの動きを、他人事ではなく自分の問題として考えなければならない時代。これがいわゆる「グローバル化」なのか、と妙に納得してしまいます。