わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 「知ろうとすること。」 (早野龍五、糸井重里著、新潮文庫)

2016年4月27日

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福島の原発事故の直後からツイートを始めた東大大学院教授早野龍五さんと、原発事故後溢れかえる情報の中から、早野さんのツイートを見つけ、客観的・科学的事実を語るそのツイートを信頼してフォローを続けた糸井重里さんの対話です。

 

本の構成は、序章「まず、言っておきたいこと。」、1章「なぜ放射線に関するツイートを始めたのか」、2章「糸井重里はなぜ早野龍五のツイートを信頼したのか」、3章「福島での測定から見えてきたこと。」、4章「未だある不安と、これから」、5章「ベビースキャンと科学の話」、6章「マイナスをゼロにする仕事から、未来につなげる仕事へ」、となっています。

 

まず糸井さんが「ぼくはもともと、科学的にものを考えるタイプの人間ではないんです。でも、何か騒ぎが起こって、科学的な意見と非科学的な意見が飛び交って、その騒ぎの中で自分が大切な判断をしなければいけないような事態になったら、必ず科学的に正しい側に立ちたい。それがまず、ぼくの基本的なスタンスです。」と対話の口火を切ります。

 

そして早野さんが「いまの時点であきらかなのは、さまざまな調査や測定の結果、起きてしまった事故の規模にたいして、実際に人々がこうむった被ばく量はとても低かった、ということです。とくに、内部被ばく(おもに食べ物や水によって、体内に放射線源を取り込んでしまったことによって起こる被ばく)に関しては、実際に測ってみたら当初想定したよりも、かなり軽いことがわかった。『もう、食べ物については心配しなくていいよ』と言えるレベルです。」と語り始めます。

 

原発の事故の翌日、インターネットでストリーミング中継されたニュースを見て、原発の敷地内でセシウムが検出されたことを知った早野さんは、「これはとってもまずいことだ」ということを知らせるツイートを始めます。初めは情報提供のボランティアのつもりだったと書かれています。物理学者なので、自分で情報を集め、そこから分かる科学的な「事実」を淡々と伝えることが可能だったわけですね。その書かれた内容に注目して早野さんのツイートをフォローする人がやがてどんどん増えて、専門的な信頼できる情報を求める人々から圧倒的な支持と信頼を得られたようです。糸井さんもそのフォロワーの一人です。

 

早野さんがすごいのは、自分の専門分野とは異なる放射線の分野でありながら、事態に積極的に向き合い、福島の現地を繰り返し訪れて現場の調査をし、その結果を発信していったことです。やはり「研究者根性」で、現場を自分の目で見なければ納得しない、という気持ちが強い人です。途中、第5章で出てくる早野さんの専門分野である宇宙や地球の形成過程、元素の誕生、放射性物質の話は全体に短いのですが、「ああそうなんだ」とワクワクして読めます。基礎科学の面白さが伝わります。

 

そして福島の高校生との交流。原発事故をプラスに捉えて、早野さんは若い人たちを科学の世界に導きたいと奮闘しています。あとがきに「原発の事故は、起きてしまったことです。しかし、そこに生じた問題について科学的に考え、アプローチする態度が身についたら、将来大きな力になる。そういう道を示してあげたいなと思っています。」とあります。ツイッターを通して社会とのコミュニケーションを始めてみて分かったことは、「科学と社会との間には絶対的な断絶がある」ということだったそうです。私も最近まで科学に関わっていたので、このことがよくわかります。自分が専門に研究してきたことを、なんとかわかりやすく一般の人に説明していきたいと、時々思ったりします。

 

この本、糸井さんがすごくうまく対話の流れを作っています。やはりセンスがいいですね。専門的にならず、一般市民の視点から福島の一面を知ることが出来る優れた本です。原発賛成・反対を乗り越えて、現場を正しく知ろうとすること、そして行動すること、の大切さがよく分かります。「新潮文庫100冊」に選ばれています。