わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 「イギリス社会入門 ― 日本人に伝えたい本当の英国」(コリン・ジョイス、NHK出版新書)

2015年7月24日
 
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先日ロンドン旅行をしてきたので、その余韻が残るうちに今のイギリスの姿をもう少し知りたいと思い、この本を読みました。著者は1979年イギリス生まれ。22歳でオクスフォード大学を卒業して来日し、高校の英語教師や新聞記者などをしながら15年間日本に住んだ人です(その後渡米し、イギリスに帰国)。イギリス人でありながら、いわば異邦人として日本人の感覚でイギリスをクールに、そして時には熱く眺めています。

 

「イギリス社会入門」というちょっと堅苦しいタイトルの本なのですが、中身はイギリス人独特の「笑いと皮肉」に満ちたイギリス(人)の本質をつくガイドブックです。イギリスの生活、習慣、歴史、料理、天気、などなどを実に分かりやすく興味深く説明しており、海外旅行書の定番「地球の歩き方イギリス(またはロンドン)」が現場で役立つ旅行案内とすれば、この本は生活・文化の案内と言えると思います。読み終わった後、「ああ、もうちょっと早く読んでおけばよかった」と感じました。


 私が特に気に入った(気になった)部分をあげてみます。
 

「みすぼらしい上流、目立ちたがる労働者」ということで、今イギリスでは労働者階級がおしゃれ。一方、上流階級の人たちは結構質素な身なりをしていて、ジーンズや古いセーターを身につけていることが多いそうです。オクスフォードやケンブリッジの学生・卒業生は特にそうだとか。私も15年前にケンブリッジ大学学生寮に泊めてもらった時には、学生たちの服装が大変質素でびっくりしました。皆、今にも壊れそうな古い自転車に乗って通学していました。イギリスでは上流階級は上流の匂いを消そうと努力しているのだそうです。そう言えば以前出会ったある有名な先生も、貴族出身で実家が大きなお城なのだそうですが、いつもくたびれたジーンズ姿。古いメガネのつるが壊れたといって、それをセロテープで補修してずっとかけていましたね。

 

イギリスの国旗ユニオン・ジャックは外国では好かれているが、国内では人気が落ちて、今や「国民の旗」としての全盛期は過ぎたと思われているそうです。ちょっと前にはスコットランドの独立の是非を問う住民投票が行われ、僅かの差でスコッランドはイギリスに残るという決断をしました。昔から北アイルランドはイギリスの支配を嫌い、抵抗運動が盛んです。今はかなり下火になりましたが、以前はテロがロンドンなどでも起きて、「先進国の中で唯一常時戦争状態にある国」と随分前から言われていました。ウエールズでも地域のナショナリズムが強まっているそうです。この辺りの事情、日本にいたのではよく分かりませんね。

 

イギリスの前首相、労働党のブレア氏は、今イギリスで最も嫌われている人間のひとりだそうです。へーえ、そうなんですね。イラクアフガニスタンの戦争にアメリカの言いなりになって軽率に首を突っ込んで、十分の準備のないままイギリス軍を送り出し、大きな犠牲を払うことになったこと(約50名の兵士が戦死)が主な原因だそうです。日本の阿部首相も、国民の反対を押し切って今国会で安保法案を通すとなると、その先、イギリスが経験したようなことを日本も同じように経験しそうな予感がします。犠牲者数万人を出したアメリカのブッシュ大統領主導の湾岸戦争は、やってはいけない間違った戦争であったと国際的に評価されているのに、その時後方支援した日本政府の正式なコメントは今でも何も聞かないままです。

 

「イギリス人は順番をきちんと守る」。これはよく知られています。日本人も順番を守ります。これは伝統的な「フェアプレイ」の精神から来るそうです。この精神はパブに行ってビールを注文するときもそうで、行列がなくても、客による順番の「自主管理」が行われていて、これを守らないとあとでくどくど文句を言われ続けるそうです。しかし、客同士はお互いに順番に関心を払っている様子は見せないそうで、日本人の場合、焦っていきなりカウンターで注文しないよう、要注意です。ついでに、イギリスの家庭で子供たちが親から何度もしつこく言われるのは、この「フェアプレイに徹しなさい」と「Don’t panic! (何があってもうろたえるな!) 」の二つであることは有名です。「フェアプレイ」の点から言うと、日本の安部首相はこの精神から逸脱しているとおもわれます。憲法改正したいのなら、正々堂々と正面から国民投票などで国民にその是非を問うべきです。

 

「イギリス人のジョーク好き」も有名です。イングランド人(イギリスではなくイギリスの一部であるイングランドに住む人)に最も受けるジョークは次のようなものだそうです。

 

母親が赤ちゃんとバスに乗ったら、運転手が言った。「うわ、醜い赤ん坊だな」。母親は料金を払い、席に座った。見るからに腹を立てている。近くにいた乗客がどうしたのかと尋ねた。「運転手にひどいことを言われたんです」と母親は言った。乗客は言った。「それはいけない。ガツンと言ってやりなさい。あんたの猿は私が面倒見ててあげるから」

 

ちなみに、この本の著者はこのジョークがイングランド人について何を語っているのか、ずっと考えているのだけれど、わからないそうです。私が思うに、多分イングランド人には「偽善的」な性格の人がかなりいるのだと思います(あまりいい評価ではなくて申し訳ないのですが)。乗客は母親に表面上は親切にしているつもりが、実は心のなかでは母親と子供を軽蔑している、ということでしょうか。つい本心が言葉に出てしまったんですね。本心を表面に出さないという点では、イングランド人は日本人に似ているかもしれません。アメリカ人はもっと表現が直接的ですよね。

 

最後にこの本の翻訳者の森田裕之さんの経験談から。「せっかくの機会だから、日本人留学生の先輩である僕からいくつかアドバイスさせてもらいたい。きみがアメリカ英語を聞き取れても、イギリス英語には苦労するかもしれない。べつの言語だと思ったほうがいい。」これには私もおおいに同感です。若いころイギリス英語には苦労しました。漱石がロンドンに留学してストレスで神経症(うつ)を患ったというのが本当によく分かりました。私も雨の多い肌寒いロンドンで英語が分からず仕事のストレスと重なって毎日うつうつとしていました。私の場合、ロンドンの思い出は研究員としての苦しい修業時代の思い出でもあります。