わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 「クワイ河に虹をかけた男 元陸軍通訳 永瀬隆の戦後」(満田康弘著、梨の木舎)

2016年7月12日

イメージ 1

 
岡山の映画館シネマ・クレール丸の内で「クワイ河に虹をかけた男」を見ました。2時間の上映の後、映画を作った満田康弘さんの舞台挨拶がありました。この映画は、岡山県倉敷市在住(最近死去されました)の元陸軍憲兵隊通訳 永瀬隆さんの「たった一人での泰緬(タイメン)鉄道の戦後処理」を記録した映画です。永瀬さんは東京の青山学院で英語を学んだ後、陸軍に志願。タイで軍の通訳として働き、主に捕虜を相手に通訳をしていました。戦時中、タイとビルマの間に敷設された泰緬鉄道の工事には連合国捕虜とアジア人捕虜が駆りだされ、イギリスを中心とする連合国の1万3千人、アジア人数万人の犠牲者が出ました。永瀬さんは、復員後、倉敷市で英語塾を経営しながら、奥さんと共に、93歳で亡くなるまでの60年間に135回もタイを訪問し、「死の鉄道」の贖罪(しょくざい)に人生を捧げました。岡山・香川を放送エリアとする民間放送局「瀬戸内海放送」の記者である満田康弘さんは、20年にわたってこの永瀬さんを取材し、テレビカメラに収めたドキュメンタリー映像を映画に作り上げ、また同時にその取材内容をこの1冊の本にまとめられました。
 
映画は、事実を誇張すること無く淡々と描き、素晴らしい内容でした。太平洋戦争が終わった後、戦時中の旧日本軍の活動について学校であまり教えられて来なかった我々日本人は、戦争の悲惨さを語る時、東京大空襲や日本各地の空襲、沖縄の地上戦、広島・長崎の原爆投下、シベリア抑留など、どちらかというと「戦争被害者」としての感情や視点を強く持っています。しかし、この戦争ではアジア各地の人々に多大な犠牲を払わせた加害者としての現実があります。そのぬぐいきれない大きな負の部分を、永瀬さんの活動を振り返りながら、改めて深く考えさせられる映画でした。
 
映画では元捕虜のイギリス人将校達との面会のシーンが多く出てきますが、泰緬鉄道について殆ど知識の無かった私には、日本とイギリスとの二国間の関係を取ってみても、実は戦前そして戦中に複雑な過去があったこと、今でも日本を許さない気持ちのイギリス人たちがまだ沢山いることを知り、かなりショックでした。私がイギリスを初めて訪れたのは今から35年前、つまり戦争が終わって35年後でした。当時もロンドンの街を歩いていると、冷たい視線に出会うことが時々ありました。地下鉄の駅では、上りと下りのエスカレーターですれ違いざまに「ジャップ!」と罵声を浴びせられたことも何度かありましたが、多分日本と日本人への特別の気持ちを持った人が多くいたのでしょう。過去の日本とイギリスの戦争の事を余り知らなかった当時の私は、単純に日本とイギリスは互いによく似た島国で、王室や皇室があり、どちらも長い歴史があり、互いに親しみをもち尊敬しあっている国、と思い込んでいました。しかし、日本のイギリスへの思いはかなり一方的で、イギリス人達は日本が自分たちの国イギリスと似ているなどとは思っていないし、当時は多くのイギリス人には日本に関しては深い知識はなく、ついこの前まで目の前の敵国ナチスドイツやイタリアと組んで母国やフランス、アメリカと鋭く敵対した遠いアジアの島国という感覚しかなかったと思います。
 
戦後70年が過ぎて戦争を直接体験した世代も少なくなり、「もう平和な世の中なんだから昔のことは忘れよう」という雰囲気が強い中で、この永瀬さんは「贖罪」という意味はあったにせよ、過去の事実と向き合って、その軸足を変えないで生きて来られました。しかも永瀬さんが、私が今住んでいる地元岡山・倉敷の人だということで、とても感銘を受けました。タイからの留学生を受け入れたり、タイの若者への奨学金制度を設立したりと、永瀬さんの私財を投げうっての活動には頭がさがります。
 
この映画、そして本を作られた満田康弘さんもすごいと思いました。一口に取材20年と言いますが、当然いつも永瀬さんに同行取材してタイに行くわけですから、そのエネルギーと情熱はすごいです。記者魂といいますか、これに全てかけている、そんな気持ちが本の中に感じられます。テレビカメラを回して音声を記録しているので、実際の永瀬さんの発した言葉がそのまま本に残されています。本を書くときにもあとで映像をチェックできるので、これはテレビカメラの有利な点だと思います。私も、素人ながら日本各地の現在の風景を描きエッセイを書いていますが、旅行中はメモをとるなど、どっちかというと記者気分でいる時もあります。現場の状況をなるべく具体的に文章に残したいと思うからです。この本に書かれた満田康弘さんの文章は、本物の記者だけあってやはり読みやすいです。客観的に具体的に現場の様子を書くという姿勢が大変に参考になります。
 
映画は岡山で先行公開のようで、これから週末まで見ることができます。その後、8月から東京で公開される予定です。

イメージ 2