わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

現代版 岩にしみ入る 蝉の声

2015年7月22日
 
今日の朝日新聞「折々のことば」は松尾芭蕉の「閑(しず)かさや 岩にしみ入(いる)蝉の声」でした。当地でもセミが曇り空の中を鳴いています。この句を構成する17音のうち「い」音が7つあり、セミの声に擬したこの音が句の効果を高めていると、ドナルド・キーンさんが指摘しているそうです。なるほど、この句をその音を確かめながらゆっくり詠んでみると「い」音が7つあります。このようなことは、ひょっとしたら言葉の音に敏感な外国人だから気がつくことなのかもしれませんね。芭蕉が意図的にそのように考えていたかどうかは分かりません。
 
数年前まだ私の父が元気な頃、「こんな川柳がある」と言って笑いながら教えてくれたのが芭蕉のこの句のパロディでした。
 
「閑(しず)かさや 爺爺(じじ)にしみ入る 婆婆(ばば)の声」
 
その後、父は病気で倒れて、このパロディの通りになり、家内の父も私の父と相前後して病気になり同じような状況になりました。日本中の高齢者を抱える家庭で同じような状況があるのかもしれません。
 
川柳というのは日本人のユーモア感覚を見事に表現するものです。とかく生真面目でユーモアに欠けると言われる日本人ですが、なかなかどうして、苦しさや哀しさをユーモアに変えるという感覚は伝統的に生きています。



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私は「サラリーマン川柳」の大ファンです。過去の「名句」、忘れられません。
「ドットコム どこが混むのと 聞く上司」
「デジカメの エサは何だと 孫に聞く」
「わが人生 ピークは生まれた 時だった」
「考えぬ 葦に注ぎ込む 教育費」
「窓際と 覚悟してたら 窓の外」
 
私の現役の頃の下手な一句 (いつも教室に遅れて来る子を見て)
「帰国子女? イエイエちがう 遅刻子女」
 
実は私も最近新聞各紙に川柳を投稿し始めたのですが、競争率が非常に高いらしく(あるいは私の才能が今ひとつらしく)一向に採用されません。確かに、新聞に掲載された句をみると「なるほどうまい!」と、ついニヤリとさせられる句ばかりです。文章の投書は時々採用されるのですが、川柳の分野で認められるにはまだまだ時間がかかりそうです。