わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 「銀の匙」(中勘助著、岩波文庫)

2015年6月13日

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昨日の朝日新聞朝刊「天声人語」に中勘助(なかかんすけ)の「銀の匙(さじ)」が紹介されていました。その「天声人語」の最初の部分を紹介します。
 
「遊ぶと学ぶは同じこと。といえば、はてと首をひねる方もいるだろう。『伝説の国語教師』と呼ばれ、一昨年に101歳で亡くなった橋本武さんの言葉である。『遊び感覚で学ぶ』ことの大切さを説いた。神戸の灘中学・高校で長く教壇に立った。教科書を用いず、中勘助の小説『銀の匙』一冊を中学の3年間かけて精読する授業で知られた。」
 
こういう文章を目にすると、昔読んだ「銀の匙」を急にまた読み返したくなりました。それで今日は書棚の中にあった岩波の文庫本を探しだして、ゆっくり読んでみました。これは明治18年に東京神田で生まれた中勘助の幼少時代から少年期にかけての自伝的小説です。伯母さんの愛情に包まれながら過ごす幼年期の記述は、「本当に幼かった頃のことをこんなによく記憶しているなあ」と感心させられるほど細かく丁寧です。私の文庫本には、文章に出てくる植物名に私が緑色の鉛筆でマークをつけていました。椿、椎、茶の花、ボタン、ムクゲ、杉、エノキ、ケヤキ、珊瑚樹、ナス、カボチャ、ヘチマ、キュウリなど、前編の最後まで植物が次々と登場します。子供の頃の記憶が植物とつながっているのが面白いです。後編では魚や昆虫など動物がまた次々に出てきます。
 
幼少期が過ぎて中勘助が学校にあがる頃から、この時期特有の異性への関心が芽生えてくる様子が素直な文章で書かれています。9歳の時に隣の家に引っ越してきた「おけいちゃん」に勘助は恋心を抱くのです。男の子にいじめられていた「おけいちゃん」を助けたあたりから、二人の気持ちが急速に近づきます。そして二人の感情がピークに達したあたりの描写が次の有名な文章で、よく大学の入試問題などにも採用されます。
 
「ある晩私たちは肘かけ窓のところに並んで百日紅さるすべり)の葉ごしにさす月の光をあびながら歌を歌っていた。そのときなにげなく窓から垂れてる自分の腕をみたところ我ながら見とれるほど美しく、透きとおるように蒼白くみえた。それはお月様のほんの一時のいたずらだったが、もしこれがほんとならば と頼もしいような気がして
「こら、こんなに綺麗にみえる」といっておけいちゃんの前へ腕をだした。
「まあ」そういいながら恋人は袖をまくって「あたしだって」といって見せた。しなやかな腕が蝋石(ろうせき)みたいにみえる。二人はそれを不思議がって二の腕から脛(はぎ)、脛から胸と、ひやひやする夜気に肌をさらしながら時のたつのも忘れて驚嘆をつづけた。」



中勘助の文章を書き写しながら、この人の文章のうまさにしびれます。こんな文章がかけたらいいですね。丁度透明水彩の絵の具のような澄んだ色あいの文章です。灘中学の生徒さん達、この本1冊を3年間でじっくり味わいながら読むなんで羨ましいです。きっとこれで国語の力が付きますね。絵も同じで、これはと思う画家の絵を何度も何度も味わって、時にはその真似をして模写したりすることが、きっといい勉強になると思います。「文章技法」って意外と「絵画技法」につながるところが沢山あります。
 
銀の匙」。読むたびに自分の幼年期・少年期と重なり合って、懐かしい甘酸っぱい感じになります。おすすめの本です。朝日新聞の「天声人語」に刺激されて、今週末はきっと「銀の匙」を読む人が多いことでしょう。



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