わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『富士日記(上)』(武田百合子著、中公文庫)

2022年6月17日

 

 

富士日記』をゆっくり楽しみながら読んでいる。前に読んだのはいつ頃だっただろう。今読み返すと、日記全体の雰囲気は今も忘れていないが、中身の詳細はかなり頭から消えている。作家・武田泰淳の妻として、夫、そして娘と過ごした富士山山麓の山荘での日記だ。武田百合子のこの作品は、主婦としての日常生活を綴ったものだが、今や名作としての評価が高く、その文章は優れた文章として取り上げられることが多い。前に読んだときには最後まで完読していないかもしれない。何しろ長い日記だ。

 

武田百合子は1925年(大正14年)横浜生まれ。1993年(平成5年)死去。享年68歳。この年代の女性にしては比較的若くして亡くなっている。私の母が1924年生まれでもうすぐ98歳なので、ほぼ同じ年代ということになる。学生時代に太平洋戦争を体験し、戦後の混乱や復興も体験した。これは日本の戦後の復興期の1964年(昭和39年)から17年間(彼女の年齢だと39歳から56歳まで)の日記ということになる。

 

今読むと、昭和の時代が懐かしく思い出される。この日記がスタートした昭和39年7月は、ちょうど私が高校に入学して最初の夏休みを迎える頃だ。この時期の『富士日記』の日付を見るにつれ、自分の当時の姿が鮮やかによみがえる。高校1年生。山陰の地方都市の進学校に進んで、妙に自信に満ちていた。1年生の夏休み前の全学模擬試験。成績は悪くなかった。というよりかなり良かった。強い優越感。将来の夢がふくらんでいた。そして昭和40年8月の日付。自分が高校2年の夏だ。高校の授業で学ぶ量の多さに、かなりアップアップしてきていた。勉強のペースを掴めず、苦しんでいた。たった1年でがらりと状況が変わった。そんな時代を、この日記を読みながら思い出す。今読んでいる日記の箇所は昭和40年12月。私は高校2年の2学期を終えようとしている。理系のコースを選んだが、数学と物理が苦手でコース選択を後悔している時期だ。その後、数学は何とかなったが、物理は興味を持てないままで終わった。成績は急降下。強い劣等感。そんな苦しい高校時代後半を思い出す。

 

他の人の日記を読んで、自分のことを鮮明に思い出し、今更ながら反省したり、後悔したりする。人間って面白いと思う。武田百合子の日記は13年後まで続く。富士日記の中巻と下巻もゆっくり読むつもりだ。最後まで読んで、この人の人生の大事な部分を学びたい、というか一緒に楽しみたい。みんな一人ひとり違う人生だ。成功もあり大失敗もある。山あり谷あり。それが面白い。武田百合子の文章は、自分を飾らず、素直に感じたまま書いた文章だ。地域の人との会話や自分の周囲の人間描写が特に面白い。こんな日記が残せた人は幸せだ。