わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 『汽車旅は地球の果てへ』(宮脇俊三著、文春文庫)

2020年9月13日

 

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宮脇俊三さんの鉄道紀行本は、いつかゆっくり読んでみたいと思っていました。処女作『時刻表2万キロ』、第二作『最長片道切符の旅』は、このジャンルの名著と言われています。たまたま自宅の本棚に、買ったままで長い間読んでいなかった宮脇さんの文庫本 『汽車旅は地球の果てへ』を見つけ、今回読んでみました。1989年第一刷。もう30年以上昔の文庫本なので、中の紙が茶色く変色しています。

 

宮脇俊三(1926〜2003)は、埼玉県川越市生まれ。少年時代から時刻表を愛読する熱心な鉄道ファンでした。東京大学文学部西洋史学科卒業後、中央公論社入社。元中央公論編集長、中央公論常務取締役。大手出版社の編集長だっただけあって、文章がとてもうまいです。

 

この本の中身は、『アンデスの高山列車』(1984年)、『人喰い鉄道・サバンナを行く』(1985年)、『フィヨルド白夜行列車』(1986)、『ジブラルタル海峡を渡る』(1981)、『ナイル河の永遠』(1981)、『オーストラリア大陸横断列車』(1981)など、やや古い3、40年前の鉄道紀行文ですが、今でも生き生きと当時の鉄道旅の様子を伝えています。

 

宮脇さんは出版社の編集長だったので、文章がうまいと書きましたが、ただうまいだけではなく、旅の情景描写が細かいのがすごいです。カメラマンが同行した旅もあったようですが、写真に頼らず、自分の筆力で現場の細かい情報・状況を読者に伝えようとする、その力には感心します。

 

最初の『アンデスの高山列車』の書き出し部分を引用します。

 

「鉄道旅行の好きな者が世界地図を眺めていて、思わず生唾(なまつば)を飲むのは、アンデス超えの各線であろう。それは山男にとってのヒマラヤのような存在かと思われる。

 わけても気をひくのがペルーの中央鉄道で、これはエベレストに相当する。

 この鉄道は、太平洋岸の首都リマを発車するや、6000メートル級の高峰をつらねて立ちはだかるアンデス山脈めがけて突進する。そしてスイッチバックをくりかえしながら険しい岩肌をよじ登り、谷を渡り、四時間半かかってアマゾン水系との分水界であるチクリオ峠を越える。最高地点は海抜4783メートルである。

 こまかいことを言うと、峠下のチクリオ駅から分岐する貨物線は4818メートルに達しており、また、チリとボリビアとの間には4826メートル地点を通過する貨物線があるとの説もあるが、旅客列車で到達できる地点としては、このペルー中央鉄道の4783メートルが世界最高で、富士山の頂上より1000メートルも高いところを通るわけである。」

 

こんな具合で、旅の路線がよく研究されていて、説明が細かいです。さて、どんな旅が始まるのか。鉄道好き・旅行好きの読者にはたまらないでしょう。自分の健康問題や英会話がやや苦手?というようなことまで、本文には素直に書かれていて、全体を通して謙虚さが漂う文章が、また宮脇さんの魅力です。

 

出版社の取材旅行であったためか、これらの旅にはたいてい案内人や随行者がいますが、これは私達からみると例外的に恵まれていると思います。私も1980年代にはアメリカとヨーロッパを列車で何度か旅したことがありますが、たいていいつも一人旅でした。駅や列車内ではかなり心細いのですが、こんな旅を通して自分が鍛えられたと思います。それと、もう一つうらやましいのは、やはり取材旅行のせいか、食べ物や飲み物がかなり豪華?なこと。これも私の若い頃の経験にはありませんでした。まあ、そんなに貧乏な旅ではなかったですが、宮脇さんのようにいつもアルコールを飲めるような豪華な旅ではありませんでした(私がアルコールが苦手というのもありましたが)。しかし、そんなこんなを差し引いても、この宮脇さんの世界辺境の鉄道旅の話は、読者に大きな刺激を与えます。特にコロナ禍の現在では、こんな旅は「夢のまた夢」です。新型コロナが終わったら、またこんな刺激的な旅に行けるだろうか・・・? 私の場合、もう年齢が年齢だし、無理かも知れませんね。ちょっとため息のでそうなくらい、うらやましい旅です。

 

この本を読んだ後、宮脇さんの名著『時刻表2万キロ』(河出文庫)を買いましたので、次回、それを紹介する予定です。