わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 『汽車旅放浪記』(関川夏央著、新潮社)

2020年9月27日

 

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一言で読後の印象を述べるとすれば、「鉄道と文学の両方の魅力をとらえた素晴らしい力作!」となります。鉄道ファンにも文学好きにも、どちらにも相当のインパクトがあるでしょう。

 

関川さんは1949年新潟県生まれ。私と同い年なので、さてどんな内容の本なのか、と特別の関心を持って読みました。「汽車旅」という本書のタイトルから想像できる通り、書かれているのは現在の新幹線や電車の旅というわけではありません。明治・大正・昭和の著名な作家が、かつて汽車(蒸気機関車と列車)で旅したその経路をたどり、彼らの作品に登場する鉄道の旅を再体験して、自分の足で作家・作品の検証をする。そんな旅の記録(放浪記)です。熱心な鉄道ファンであり(鉄道のことを実によく研究されています)、またすぐれた作家論を書く関川さんだからこそ書けた「鉄道紀行・作家論」だと思います。

 

第1部は「楽しい汽車旅」。上越線での著者自身の幼い頃の思い出に始まって、樺太東部本線まで。出てくる作家は、荻原朔太郎、高村光太郎坂口安吾小林秀雄川端康成志賀直哉上林暁中野重治山本周五郎松本清張林芙美子太宰治宮沢賢治など。松本清張林芙美子について語られる九州の鉄道の旅以外は、東日本・北日本の鉄道のことに多くのページが割かれています。そしてそれぞれの作家ごとに、「ああ、そうだったんだ」と、目からウロコの「作家の実像」が明らかになる記述が続きます。著者が高校1年生の夏休みに挑戦した北陸旧線沿いの自転車旅行の話も面白いです。同じ年代に、鳥取県西部の弓浜半島の付け根にある米子市と半島の先端にある境港市の間を友達と自転車で日帰り往復した位の冒険しかしなかった私に比べて、新潟から神戸、そしてまた太平洋岸沿いに走って最後は新潟まで帰ったという関川さんの迫力はすごい。とてもかないません。

 

第1部で私にとって馴染み深かったのは、松本清張の『点と線』で出てきた西鉄香椎(かしい)駅です。私が初めて就職した場所は福岡市で、毎朝、西鉄宮地岳(みやじだけ)線で西鉄香椎から一つ福岡(博多)寄りの香椎宮前駅から電車に乗り、終点の貝塚駅まで通っていました。今から約3、40年前の話です。当時から電車は混んでいましたが、今は福岡市東部の発展に伴って朝夕の通勤時の混雑が更に増していると聞きます。街の様子も劇的に変わりました。もう『点と線』に描かれた香椎の面影はありません。

 

第2部は「宮脇俊三の時間旅行」。私が前回読んだ宮崎俊三の旅が取り上げられています。実は、私は本書のこの第2部を先に読んで、宮脇さんの作品を読む気になりました。

 

そして第3部が「『坊っちゃん』たちが乗った汽車」。夏目漱石と内田百閒を中心に書かれています。漱石については、すでによく知られている事実もありますが、また、あまり知られていない興味深い逸話も紹介されていて、参考になります。日本のレールの幅(狭軌)に関する歴史的な記述も勉強になりました。これに関連して、関川さんの三江線島根県江津〜広島県三次)の旅の経験が紹介されています。私も三江線廃止前に一度乗ったので、この線の魅力がよく分かります。この本を読んで乗っていれば、もっと注意深く鉄道を観察できたのにと、ちょっと後悔しています。内田百閒についても、これまで私が持っていたこの作者に対するイメージを打ち破るような記述が続きます。内田百閒は、現在私が住んでいる岡山の出身なので、何かと地元の新聞などで取り上げられる機会が多いのですが、この関川さんの本を読むと、内田百閒の真実の姿に近づけるような気がしました。

 

このように、作家と汽車旅(鉄道)とを関係づけるという手法はこれまであまり見たことがありません。関川さん独自のものかもしれません。それがとてもユニークだと思いました。この本を読むと列車旅と読書への欲求を強くかきたてられます。また、関川さんの文章には、現場主義の旅で知り得たことを書ける限り書こうという「気迫」がみなぎっていると思います(しかし、各文の終わり方はいつもおだやかで、旅の余韻を感させます。著者のナイーブな一面も現れているのかもしれません)。私はこれまで、旅とスケッチの本を何冊か自費出版していますが、新型コロナが終わったら、是非ローカル列車の旅を復活させて、関川さんを見習って、鉄道の情報をもっと盛り込んだ文章作りと、鉄道を描いたスケッチをやってみたいと思いました。

 

 

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