わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

四国遍路 試練に挑む 人(外国人)多し(香川県引田(ひけた)町、徳島県鳴門市 霊山(りょうぜん)寺、坂東(ばんどう)俘虜(ふりょ)収容所跡)

2018年3月
 
青春18きっぷで、高松と徳島を結ぶJR高徳線の坂東駅を目指しました。今日の目的地は坂東駅からすぐの四国霊場八十八ヵ所の第一番札所(ふだしょ)霊山寺(りょうぜんじ)と、その近くにある坂東俘虜(ふりょ)収容所跡です。
 
私が四国遍路に関心を持つきっかけを与えてくれた本が「四国遍路」(辰濃和雄著、岩波新書)という本です。残念ながら著者の辰濃さんは昨年12月に87歳で亡くなられました。長い間朝日新聞天声人語を担当された方です。私はこの人の書いた本が好きで、「ぼんやりの時間」、「文章の書き方」、「文章のみがき方」(いずれも岩波新書)をそれぞれ多分10回は読んでいます。辰濃さんは44歳の時に新聞の取材目的で最初のお遍路をしましたが、その後も四国遍路への思いが止まず、初遍路から24年経って、70歳になる少し手前で再び一人遍路の旅に出ました。人はなぜ四国を目指すのか。人は四国八十八ヵ所をひたすら歩き続けて何を得るのか。71日間の巡礼の旅のエッセイです。これを読むと自分もお遍路に行きたくなります。
 
今回の旅のもう一つの目的地、坂東俘虜収容所は、日本で初めてベートーベンの第九交響曲が演奏された場所として有名です。司馬遼太郎の「街道をゆく 阿波紀行 紀ノ川流域」でもこのことが紹介されています。
 
「大正初年、ドイツ人がこの地に、当時めずらしかったキャベツやトマトの栽培法や、バター、チーズの作り方をおしえて、いまもかれらの余風が懐かしまれている。かれらは、第一次大戦のドイツ租借地青島(チンタオ)要塞攻撃のときの捕虜で、鳴門市大麻(おおあさ)に特設された収容所で生活していた。かれらは、楽団をつくり、民家の軒先を借りて、ベートーヴェンの『第九』を演奏したこともあったという。・・・・(中略)・・・・収容所は、九州に二か所、名古屋に一か所、千葉県に一か所おかれ、四国には三か所置かれた。そのうち九百三十九人が、この地にきた。このうち大麻の坂東の収容所は『坂東俘虜収容所』と名づけられ、いまではすでにないが、何棟もの木造兵舎がたてられた。」
 
私がこのドイツ人捕虜に特別の関心をもったのは、「第九」もそうですが、彼らが日本に美味しいパンやお菓子づくりの技術をもたらしたという事実です(「なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか パンと日本人の150年」(阿古真理著、NHK出版新書)。私はパンが好きだし、そんな歴史的な収容所跡が今でも残っているのなら、是非スケッチしたいと思いました。


 
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朝7:10JR岡山駅発の瀬戸大橋線マリンライナーで8:08に香川の高松駅着。昼食用に駅弁の穴子弁当を買って8:33高松駅発のJR高徳線普通列車に乗り、10:02香川の引田(ひけた)駅着。ここで次の列車まで待ち時間が1時間余あったので、江戸時代に醤油醸造で栄えた引田の町を散策しました。引田も前からスケッチしたかった場所です。予想通り、古い商家が多く残り、瀬戸内海の播磨灘に面した港も近く、とても素晴らしいスケッチポイントになると思いました、今回は、時間がなく、列車を待つ間ホームで早めの弁当を食べて、鉄道の見える風景を簡単にスケッチしました。色は帰宅後につけました。

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引田11:19発の普通列車に乗って11:48分坂東着。坂東で外国人で一人旅の年配女性が降りて、どうやら霊山寺に行く道が分からない様子だったので、英語で話しかけました。60代ぐらいに見えるオランダ人で、何と日本は今回が初めてで、いきなりこの四国のお遍路に来たそうです!「この旅はふつう最短でも4、50日はかかるんですよ!」と言ったら、「ええ、それは知ってます。私は2ヶ月この四国を歩く予定できました」との返事。思わず「すごい!すごい!」と私。「どうしてこの田舎の四国に来る気になったんですか? 東京や京都や奈良じゃなくて・・・」と尋ねると、「私はspiritual(宗教的、精神的)な旅が好きです。スペインの巡礼路、知ってるでしょう? 私はあれを全部歩きました」。それを聞いて私はもう一度びっくり。この女性、見かけはほっそりやさしそうな感じなのに、とてもタフな人のようです。スペインのサンティアゴ巡礼路はフランスから、フランスとスペインの国境にまたがるピレネー山脈を越えて、スペインを横断する有名な巡礼路で、スペイン国内だけで800 kmユネスコ世界遺産に登録されています。これに対して、四国遍路は、歩き遍路の場合1,200 km。歩く大変さはどちらも似たようなものです。「四国遍路を世界遺産に」という運動が今活発に行われています。

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一緒に霊山寺にお参りをして、彼女がインフォメーションセンターを探しているので、そこへ連れていき、「じゃあ、楽しんで!」と声をかけて別れました。「今は外国人が四国遍路をする時代かあ」、と感心しながら次の目的地の坂東俘虜収容所跡に向かいました。収容所跡の周辺は公園になっていて、まわりに昔からの人家がある他は殆ど何もない場所でした。その何もない感じがとてもいい。大正時代の昔のままの雰囲気が残っている感じがするのです。ふっと落ち着いて、敷地の入り口にあるセメントの台に腰掛けてスケッチを始めました。ここも訪れる人は少ないのですが、多分ドイツ人かなと思われる男性が二人来ていました。太陽の光も穏やかで暖かです。

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時間の都合で約2時間でスケッチ終了。道具を片付けて坂東駅に向かいました。ひょっとして初めに会った女性がまだいるかな、と思いながら霊山寺へ向かいました。途中で行き違う第二番札所に向かう人達が殆ど外国人ばかりなのにびっくり。これならあの一人旅の女性も大丈夫、と思いました、さらに霊山寺に着いてまたびっくり。初めの女性はもういなかったのですが、境内には外国人が沢山。トイレに行こうとしたら外国人の家族やグループの列。それから坂東駅に向かう道でも、ちょうど列車が着いたところらしく、霊山寺に向かって歩いてくる外国人のカップルやらグループばかりが目につきます。日本人がいません!日本人はバスや車で来て、またすぐに移動します。わあー!本当に時代が変わってきましたね。巡礼の旅をする沢山のクリスチャン?! 弘法大師もびっくりでしょう。
お土産には、門前ショップで「あわくった」というやわらかい焼き餅を買いました。

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引田駅のスケッチ
ウオーターフォード水彩紙 中目 SMサイズ 
ボールペン
ウインザー&ニュートン固形水彩絵の具
所要時間:1時間15分(線描き15分+彩色1時間)
 
捕虜収容所のスケッチ
ラングトン水彩紙 中目 F6 見開き
青墨筆ペン
シュミンケ固形水彩絵の具
所要時間:2時間