わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『わたしの献立日記』(沢村貞子著、新潮文庫)

2021年1月23日

 

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明治末の生まれで、大正、昭和、平成と生きて活躍した女優・エッセイストの沢村貞子さんの本(名著)です。この人の文章はやさしく、やわらかく、わかりやすい。文章の専門家からもしばしば絶賛される文章です。

 

最初の本文まえがきにあたる「食と生活」の部分を引用します。

 

「人の心の中にひそむさまざまな欲のうち、最後に残るのは食欲―とよく言われる。

 たしかにそうかもしれない・・・震災、戦災で辛(つら)い思いが続いたとき、そう思った。旅先で空襲にあい、やっと乗り込んだ汽車の中で見知らない人からいただいた一個のおにぎりのうまさ―終戦直後、大島絣(がすり)の着物と取り替えてもらった一升の小麦粉のありがたさは忘れない。ただ、食べたかった・・・ほかの欲はなかった。

 食欲というものは、ほんとにすさまじいもの、と我ながら呆(あき)れるけれど・・・ちょっと、いじらしいところもあるような気がする。お金や権力の欲というのは、どこまでいってもかぎりがないけれど、食欲には、ほどというものがある。人それぞれ、自分に適当な量さえとれば、それで満足するところがいい。おいしいものでおなかがふくれれば、結構、しあわせな気分になり、まわりの誰彼にやさしい言葉の一つもかけたくなるから―しおらしい。」

 

私など昭和世代の人間は、よくテレビドラマで沢村さんの演技を見ました。浅草生まれの江戸っ子。人情ときっぷの良さが滲んだ演技でした。テレビの画面からはこの人の手料理ならたぶんとても美味しいだろうと思わせるような人柄に見えました。女優業のかたわら、夫婦ふたりの生活の朝夕の食事や弁当作りに手を抜かなかったようです。その毎食のメニューが大学ノートに記録され、昭和41年4月の1冊目から昭和63年の30冊までの献立日記となりました。

 

本書の魅力は、その実際のメニューと、ページの所々に挿入される「献立ひとくちメモ」、そしてやはり何より沢村さんの文章です。文章の特徴は、話し言葉のような「リズム」と「間(ま)」だと思います。文章中に読点(、)をかなり頻繁に使って、文章の息遣いのようなものを感じさせてくれます。これがリズムです。間は、これも文章中に多用される―(ダッシュ)と・・・(点)で生まれていることがわかります。間は迷いなのか、ためらいなのか、とにかく文章に余韻が残ります(本文中の点は6個も続いて打たれているのですが、この私のブログに引用するときは短く3個にしています)。

 

メニューを見ると、年齢とともにその内容が変化していますが、どんな時も栄養に気を使っていることが分かります。私の作る料理でも、沢村さんのメニューのバラエティの多さ(食材の多様さ)は真似したいと思います。