わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『100分de名著 谷崎潤一郎 スペシャル』(島田雅彦著、NHK出版)、『知人の愛』、『吉野葛』、『春琴抄』、『陰翳礼讃』(谷崎潤一郎著、青空文庫)

2021年1月30日

 

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今日紹介するのは、NHKテキスト『100分de名著 谷崎潤一郎 スペシャル』(島田雅彦著、NHK出版)です。島田雅彦さんの興味深い解説が谷崎潤一郎という人物を深く捉え、私達の前に見せてくれます。今回このテキストを読み、それに刺激されて谷崎の4つの作品を青空文庫で読みました(一部は何十年ぶりかの再読でした)。お蔭で、谷崎潤一郎の世界と大正・昭和前半の時代の雰囲気にひたることができた1週間でした。

 

本書の表紙には次のようなメッセージが書かれています。そのどれもが正確に的を射ていると思います。「欲望の深淵を掬(すく)いとってみせた作家」、「『共犯』への誘惑」、「一貫したエロティシズムと美の追求、変幻自在な作風と文体。」、「谷崎文学に秘められた策略、『読む』とは何か?」、「『痴』を装いつつ、世界が瞠目(どうもく)する『成熟』へ」。

 

繰り返しになりますが、谷崎の人物像に焦点を当てた島田雅彦さんの解説がとても深い。谷崎の作家論を専門に大学で教えておられるのかもしれませんが、世界文学や日本近代史を背景にした話が魅力的です。「はじめに 欲望の深淵を覗き込む」の部分を本文から引用します。

 

「文学愛好家でなくとも、映画を通じ、谷崎潤一郎の世界に接触する機会はわりと多いように思います。谷崎作品は、同時代から現代に至るまで、その時代を代表する巨匠の手で繰り返し映像化されてきました。『春琴抄(しゅんきんしょう)』や『細雪(ささめゆき)』はとくに人気が高く、田中絹代京マチ子に始まり、山口百恵などの歴代のスターが春琴を演じ、また、岸恵子吉永小百合などが四姉妹に扮しています。(中略)

 私は映像にも親しんではいましたが、文学青年のはしくれとして、谷崎のデビュー作である『刺青』から順に読破を試みました。(中略)

 正直なところ、ティーンエイジャーだった私にとってそれらの作品は、刺激的ではあれど、距離を感じるものでした。たとえば、太宰治芥川龍之介も三十代で早逝したので、ほとんどの作品が青春小説であり、それらには共感できた。いっぽう谷崎は、肌を刺されて悶える客の姿に愉悦する刺青師(ほりものし)を描いた『刺青』にせよ、年若い女性を教育しながら、自らが隷属してしまう『痴人の愛』にせよ、息子の嫁に踏まれたいという老人の倒錯的欲求を描く『瘋癲(ふうてん)老人日記』にせよ、「エロス全開」と評しましょうか、いい年をした男の懲りない欲望がだらしなく垂れ流される物語ばかりですから、健全な青年には「うざ苦し」かったのです。

 その後、味覚が変わり、発酵食品の旨味に魅了される中年期に入ってから、それぞれの作品を読み直しますと、エロティシズムを性懲りもなく追求していくさまや、行儀のいい立ち居振る舞いの背後に隠された野蛮な本性をさらけ出していくさまに、あらためて魅了されたのです。しかも谷崎の深みにいちどハマるを、本能的に忠実になることの心地よさから抜け出せなくなります。この開放感は麻薬的なものではないかと思ったほどです。」

 

この島田さんの解説は、個々の作品の紹介・解説にとどまりません。たとえば本文最後の「谷崎が気づかせてくれること」では、戦後日本の政治や社会についての深い洞察へとつながります。これを読むと島田さん自身の著作への興味も湧きます。

 

幸い、今はインターネットの「青空文庫」で谷崎潤一郎の作品が全て無料で読めます。これはとても有り難いことです。今回谷崎の数作品を読んでみた(再読した)感想は、「文章の厚みも、幅も、表現様式も、とにかくこれらが全てすごい」ということです。谷崎潤一郎は日本を代表する作家であることを再認識させられます。