わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

我が家の雄猫をスケッチ

2021年9月26日

 

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天気のよい日曜日。午後から我が家の雄猫マルちゃん(10歳)のスケッチをしました。近所のお宅の庭で、小学生の男の子3、4人が元気に遊んでいる声がスケッチの間聞こえていました。最近はこの団地でも小学生の数がめっきり減って、子供の遊び声を聞くのは珍しくなりました。

 

絵を描いている時は無心でやっているかというと、必ずしもそうではありません。特に今日のように写真を見ながら描いている時は、他のことを考えながらやることがあります。今日は、子どもたちの遊び声が聞こえたので、自分の少年期、青年期のことを思い出していました。

 

その中でも、なぜか頭に浮かんで来たのが高校の同窓会でした。過去に2、3回参加しました。卒業後40年ぐらい経ってからのことです。今思うと、自分は高校生の時は全く明るい活発な生徒ではありませんでした。おとなしく勉強ばかりしていて(そんなに成績は良くないのに)、友達付き合いも、それまでの小中学校時代とはガラリと変わって、まったく苦手で、自分の殻にこもり、クラスメートから見れば面白くない生徒だったと思います。そんなわけで、久しぶりの同窓会に行った時もあまり親しい話し相手を見つけられず、少々浮いていました。

 

自分がまた元の元気な状態に戻ったのは大学に入学してから。大学で色々な人に出会って、受験のストレスから開放されて生き返りました。その意味では、今のコロナ禍の大学生は本当にかわいそうです。自分とは異なる個性の友人やサークル仲間や先生と出会うことが一生の宝になるのに、そのチャンスがありません。これは本当に気の毒です。この逆境をなんとか乗り越えてほしいです。新型コロナが下火になって大学の対面授業がまた以前のように始まることを祈るばかりです。

 

私のスケッチも、コロナで屋外のスケッチができないので、逆境といえば逆境かもしれません。今は写真を見ながらスケッチするという、自分にとっては新しいことをやっています。動きのある動物、人物、乗り物のスケッチだと、写真の力を借りるのはまあやってもいいかな、と思っています。元来私は現場主義で、絵は必ず現場で描くというスタイルでやってきましたが、このコロナ禍で少し変わりました。