わたしの水彩スケッチと読書の旅

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こんな本読んだことありますか? 『シャオハイの満州』(江成常夫著、論創社)

2021年5月14日

 

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NHK連続テレビ小説『おちょやん』は今日が最終回でした。昭和の女優・浪花千栄子をモデルにしたドラマです。戦後、花菱アチャコと組んで国民的なヒットとなったラジオドラマ『お父さんはお人よし』は、私も子供の頃にいつもラジオで聞いていました。戦後から昭和30年代の世相を色濃く映したホームドラマだったと記憶しています。

 

その頃、小学1年生だった私は、花菱アチャコ伴淳三郎が主演した『二等兵物語』(昭和30年、松竹)を父に連れられて鳥取市内の映画館で見たのを憶えています。生まれて初めて映画館で見た映画がこれでした。ストーリーは全く憶えていないのですが、ただ1シーンだけが鮮明に頭に焼き付いています。アチャコと伴淳(伴淳三郎)の扮する二等兵が上官の命令でジャングルに食糧調達に出かけ、運良く野ブタかイノシシを捕獲しました。自分たちがメチャクチャ空腹だったので、現場で獲物をさばいて食べようとしたところを上官に見つかり、ビンタを食らった上にその獲物をまるごと取り上げられてしまいます。アチャコと伴淳の2等兵は空腹が我慢できず、アチャコはしゃがみこんで思わず自分のはいていた軍靴にかじりつきます。一方、皮肉なことに上官が横取りした野ブタは病気で、それを食べた上官は腹をおさえてウンウン苦しみもがきます。

 

昭和20年8月の終戦から10年過ぎたころの映画で、人気の喜劇俳優を使って戦争の不条理を描いた作品として評価されているようです。しかし、これを見た当時はなんとなく悲しくてやりきれませんでした。子供心にも、アメリカとの戦争に負けて今の日本があるんだとわかりました。実際、当時は鳥取のような田舎の街にも進駐軍ジープが走り、兵士の姿が見えました。日本中が皆貧乏でした。

 

それから2,3年が過ぎて、母方の祖父母の家によく遊びに行くようになりました。島根県の、戦争とは無縁に見えるのどかな漁村でしたが、8人のおじおばの中で最年長のおじだけが徴兵されて満州に出征し、シベリアに抑留された後復員したことを本人からの話で知りました。このおじはとても優しい人で、私や妹や他のいとこの子供達を連れて近くの丘や海岸に遊びにつれていってくれて、冗談もよく言うし、8人のおじおばの中では私は一番好きなおじでした。しかし、戦争で受けたダメージがあまりに大きかったのか、当時のおじには生きる意欲があまりなさそうに見えました。毎日何をすることもなくボーッと暮らし、親戚の子供達が遊びに来ると相手をして時間を潰すというような生活でした。

 

ある時おじに、「満州ってどんなとこ?」と聞いたことがあります。それには答えず、「毎日フケ飯を食わされてなあ」と昔の軍隊時代の思い出をそれとなく話してくれました。フケ飯とは、あとで聞くと、炊事当番の2等兵が上官に用意したご飯(白米ではない)の上に自分の頭のフケをそっとかけて出す、そんな「恨み」ご飯のことでした。多分おじは、一等兵上等兵か、あるいは伍長か軍曹か知りませんが、2等兵から嫌われる上官だったのでしょう。こんなやさしいおじさんが戦争中はそうだったんだ、とまた子供心に戦争の不条理を感じるのでした。その後、おじは遅い結婚をし、子や孫に恵まれ幸せな93年の生涯を閉じました。

 

あの戦争からもう75年も経って、戦争のことは何も知らないし、知りたいとも思わないという人が多いでしょう。そんな世の中に過去の戦争の不条理を写真と文章で訴えつづけるのが、本著の著者 江成常夫(えなりつねお)さんです。たまたまNHK Eテレの番組でこの人を見て、興味を持ちました。

 

江成常夫。1936年神奈川県生まれ。写真家。毎日新聞社に入社し、東京オリンピック沖縄返還協定調印などを取材。その後退職し、フリーカメラマンとなって渡米。戦争花嫁取材。広島・長崎取材。中国残留日本人孤児取材。土門拳賞、木村伊兵衛写真賞などを受賞。

 

『シャオハイの満州』。シャオハイとは中国語で子供のことです。これは中国残留日本人孤児の写真集と取材記録です。白黒写真で孤児ひとりひとりが見せる表情が圧倒的な迫力です。そして孤児たちの体験記録が胸にささります。日本人ならこの同胞を無視してはだめだろうという著者の訴えが聞こえてきます。写真はリアルです。この社会のリアリティを追い求める写真家という人たちは、世の中を記録し、それを後世に伝えたいという使命感で生きている人たちなのでしょう。

 

NHK連続テレビ小説 『おちょやん』はどのような意図で作られ放送されたのか、よくは分かりませんが、戦争を挟んでの昭和という時代をまだ忘れてはいけないよ、というメッセージも込められているのだと思います。昭和が終わって、平成、令和と時代が移っても日本人には次々と試練が待ち受けています。新型コロナは目下最大の試練です。何か困難にぶつかった時に、パニックにならないで、この先の進路は自分たちの過去の経験から冷静に学ぶ。特に国をリードする政治家にはそうあって欲しいです。歴史は勉強になります。とくにこの『シャオハイの満州』のようなつい最近の日本の過去を伝える写真集のもつ意義はとても大きいでしょう。