こんな本読んだことありますか? 『生活保障 排除しない社会へ』(宮本太郎著、岩波新書)
2021年4月28日
日本の貧困問題が新聞やテレビなどで取り上げられることが増えました。私達が住んでいる地域でも貧困問題が話題になることがあります。子どもの貧困、若者の貧困、女性の貧困、一人暮らしの老人の貧困。誰でもこの先日本はどうなっていくのだろうと心配になります。この本では福祉政策・比較政治学の専門家が、現在の日本の生活保障の問題点を明らかにし、今後日本が目指すべき「生活保障」について、いくつかの具体的な提案をしています。
私自身は、最近よく言われている「ベーシックインカム(基本所得)」のことをもう少し勉強したくて本書を読みました。著者は北欧スウェーデンや各国の生活保障の仕組みと現状の分析に力を入れてきた人で、多くのデータに基ずいて、スウェーデン(北欧型)とイギリス、アメリカ(アングロサクソン型)、ドイツ(大陸ヨーロッパ型)、日本の生活保障政策の違いを詳しく解説してくれます。
内容は
です。
第4章の初めのほうに「ベーシックインカムの可能性」というまとまった記述があります。その部分を引用します。
「ベーシックインカムとは、所得や就労状況にかかわりなく、すべての国民を対象として定額の給付をおこなう考え方である。給付の水準にもよるが、原則としては年金や公的扶助、児童手当などはベーシックインカムに吸収され、撤廃されることになる。
しばらく前までは『際物(きわもの)』的な受け止め方をされることが多く、拒絶反応を示す人が少なくなかったが、近年は、日本の政治やメディアでも、このベーシックインカムを肯定的に論じるのをしばしば耳にするようになった。民主党の議員たちがベーシックインカム研究会を組織したり、2009年2月には参議院の財政金融委員会の質疑でとりあげられたりした。また、これまで新自由主義の象徴のように思われていた元ライブドア社長の堀江貴文や経済学者の中谷巌などが、ブログや著書でベーシックインカムを提唱したり期待を示すなどして、ずいぶん賑やかなことになってきた。
なぜこの考え方が注目されるのか。それは、ベーシックインカムは、いかなるライフスタイルにも対応して生活保障を実現しうる柔軟性を備えているからであろう。また、ワーキング・プアと呼ばれる人々の低賃金に付加される補完型保障として、貧困問題の解消に役立つことも期待されていよう。
ただし、それだけで十分生活できる額のベーシックインカムをすべての人々に給付することはそう簡単ではなかろう。かりに財源を調達できたとしても、人々の間での合意形成がどこまで可能か、あるいは人々の社会参加を拡大する条件がどこまで整うかとなると、見通しが立たないところがある。」
これらの問題に強い関心があっても、政治・経済用語や概念に不慣れな読者にとっては、本書を一度読んだだけでは理解できない箇所が沢山あると思います。私もそうでした。一度ざっと読んでよく理解出来ず、結局2週間あまりかけて二度目を読みました。しかし、ていねいに読んだつもりですが、それでもまだよく分からない部分があります。でも、本書は何度でも挑戦して読んで見る価値があります。比較政治学とはこのようなものか、と少し学問の雰囲気が理解できます。現在の日本の現状分析は、研究者によって様々でしょうし、将来に向けての提案も様々でしょう。その時の政府はその様々な分析の中から、自分たちの政治理念にもっともふさわしいものを選んで政治の現場で実践してみる。つまり、政治学者・社会学者・経済学者の理論と実践をくりかえし行う巨大な社会実験の場が国の運営(国政)の現場なのだと分かります。何が正解なのかは、やってみないと分からない。過去の失敗や成功の歴史、それに他国の経験だけが頼りです。
本書は2009年11月第1刷発行です。ちょうど旧民主党が政権を取った頃です。旧民主党政権への期待もあったのでしょうが、その後すぐに政権は自民党に。安倍内閣が長期にわたり政権を握り、そして今は同じ自民党の菅政権です。世界情勢も国内の社会情勢もこれだけ急速に変化し、まして新型コロナの流行で失業者が増え続ける不安な今日では、政治・経済・社会を運営する理論と運営体制が大幅な見直しを迫られる可能性があります。現在では本書の内容はもう古いと言われるのかもしれない(分かりません)。しかし、常に新しい社会的指針を示すために過去の経験の分析も欠かせません。
専門家も政府もこの急激な世の中の動きにどれ位フレキシブルに対応できるのか、国民の生活保障を実現するために次にどんな政策が出てくるのか、注目したいと思います。