わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『里の時間』(芥川 仁、阿部直美著、岩波新書)

2021年2月2日

 

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地方の生活に憧れる。農業に憧れる。新型コロナ禍の時代に、東京など都会を離れて地方を目指す人も出始めました。地方で農業で暮らす人たちに対しては、誰でも少なからず関心があると思います。テレビでも、各地の農産物を使ったおいしい料理を紹介する番組(NHK梅沢富美男東野幸治まんぷく農家メシ!」)や、山奥の1軒屋で生活する人たちを紹介する番組が人気です。

 

本書『里の時間』(2014年第1刷)は、全国20ヵ所の農村を訪ねて、そこでの人達の暮らしを取材したものです。新書にしては珍しくカラー写真が多く使われていて、また活字も大きく読みやすい本です(高齢者の読者を意識したのでしょう)。登場するのは各地の高齢の農業従事者です。年4回発行の「リトルヘブン」という企業発行の新聞に掲載された記事が元になっています。

 

本を開くと、カラー写真がとてもいいです。その地域の雰囲気と人々の生活ぶりが直に伝わってきます。文章は、地元の方言を使ってしゃべる人々の話を中心に構成されています。その各地の方言が話にリアリティを加える効果を発揮しています。この方言を活字で再現するという作業は、多分大変だったのではないでしょうか。

 

あえて欠点をあげるとすると、紙面の関係もあったのでしょうが、全体に取材がやや短めであっさりしているところでしょうか。もう少し、個人の生活史や、各地域の農業が抱える問題点を追い詰めてもよかったのではないか。地域農業の抱える問題については、何か数字で表せるような資料がところどころに織り込まれていたら、読者にとって分かりやすく、もっと地域農業のリアリティが理解できたのではないかと思いました。各地の伝統料理の紹介がありますが、これもカラー写真で紹介されていたらもっと注目されたでしょう。

 

「あとがき」の部分では取材の実際の場面が紹介されています(以下引用)。

 

「煙の匂いが漂う夕暮れ時、カメラを抱えて草薮(くさやぶ)をかき分けながら進む芥川さんを追いかけた。芥川さんが立ち止まったので、私も止まる。そして、カメラレンズの向こう側に目をやって、初めて気づいた。うす暗闇の中、人の息づかいが聞こえる。黙々と鎌で草を刈る老夫婦の姿があった。汗の滴る上気した肌めがけて、小さな黒い点々が群がっている。男性は時折、手ぬぐいでパンパンッと自身の体を叩いて虫を追い払いながら、闇で視界が狭くなるのも構わず、草を刈り、傍らに停めてあった軽トラックの荷台に刈り草を積み込む作業を続けていた。じりじりと夫婦に近づいて、シャッターを切る芥川さん。

 私は離れた場所から、その様子を眺めていた。足が無性に痒(かゆ)かった。首の周りも痒かった。七分丈パンツから出ている素足を摺り合わせながら、ひたすら待った。そのうち、ブンブン唸る虫に、四方から威嚇(いかく)されていることに気付いて、たまらなくなって車に戻った。

 ひと息ついて見回すと、車内にアブが二十匹以上、前後の窓に体当りしながら羽音を響かせている。ひゃーっと叫ぶが、後の祭り。停めてあった車の窓は、全開だった。」

 

著者の取材体験がいきいきと伝わります。このような、自分を表に出した現場の体験談を期待する読者が実は多いのではないかと思います。次の本ではそれを期待したいです。