わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

この本もう読みましたか?  『雪沼とその周辺』(堀江敏幸著、新潮文庫)

 

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雪沼を水彩画で描いたらどんな町だろう。山間の農家が点在する県道沿いの町かな。その周辺にはある程度開けた川沿いの町並みもあるのだろうか。これまで私が描いてきた沢山の田舎の町や村の中に、その雪沼が実際にありそうな気がします。

 

作者は堀江敏幸。1964(昭和39)年岐阜県生まれ。生まれ育った岐阜の田舎のイメージが文章の底辺に流れているのかもしれません。まだ比較的若い芥川賞受賞作家ですが、文章は静かで落ち着いています。理性的で、かなり知的で、扱っているのは田舎の日常なのに、まるで田舎臭さが感じられません。会話には方言がなく素直な標準語。雪沼という地名や、文中にしばしば出てくる東京とのつながりから判断すると、関東甲信越地方のどこかというイメージですが、それを具体的に示すものはありません。

 

川端康成文学賞を受賞した「スタンス・ドット」など、短編が7篇。ボーリング場、レストラン、レコード店などを舞台に、喜怒哀楽を抑えた調子で淡々と人々のドラマが書かれています。現場の状況の説明が丁寧です。長く仕事に生きてきた人達のストーリーはハッピーエンドでもなければ、悲しい別れでもない。それでも、どの短編も余韻の残るエンディング。きっと日本中のどこにでも普通にありそうな話。それだから普遍的に皆から支持されるのだと思います。

 

ミステリーやサスペンスや恋愛文学やユーモア文学とは全く異質の文学の世界。描いている世界の独自性(日常的なのに独自性がある)。作品全体に行き渡る落ち着きと静けさと安心感。文章の飾らない素直さ。私がやっている水彩画の世界でも、こんな個性を発揮できたらいいなとおもいます。