わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『父の詫び状』(向田邦子著、文春文庫)

2021年2月8日

 

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先週月曜日から96歳の母が耳の痛みと頭痛を訴えるので、近くの内科医院と耳の治療をしてもらっている耳鼻咽喉科に連れて行きました。内科的には心臓も肺も血液検査の結果も異常なし。頭痛の98%は頭蓋骨の周りの筋肉痛によるもので、母の場合は脳の内部の血管系の障害によるものではないとの診断でした。耳鼻科では通常の耳掃除と炎症の治療をしていただき帰宅しましたが、土曜日ぐらいから右耳の周りの顔・頭の痛みがひどくなりました。今日再度訪れた耳鼻科の先生の診察で帯状疱疹と分かりました。この帯状疱疹は相当痛いとよく聞きます。母親からの一晩中眠れないぐらい痛いという訴えも理由があってのことでした。

 

この1週間で4回母を病院に連れて行き、疲れて何もする気がしない時に、何となく読みたくなったのが、向田邦子の随筆『父の詫び状』でした。今まで何度か読んできて、しかし話の中身は忘れていて、読み直すとまた、あーそうだったと思い出す。私にとってはそのような本なのですが、人間は疲れてくると、歴史でもない、科学でもない、政治・経済でもない、何かこんな家庭のことを描いた短いものを読みたくなるようです。

 

今年は向田邦子が台湾の飛行機事故で51歳で亡くなってちょうど40年の年です。この『父の詫び状』は向田邦子乳がんを発症したことを機会に書き始めた子供時代の回想エッセイです。昭和の戦前の父親像、母親像が家庭の中の様々な出来事の思い出とともに、見事に描き出されています。この人の文章も多くの文章家から絶賛されています。確かに、無駄のないわかりやすい文章で、描かれている情景がまるでテレビの画面を見ているように鮮明に頭に入ってきます。私も最近はほぼ毎日ブログに文章を書いているので、この作家のスタイルが参考になります。

 

「父の詫び状」の書き出しは

「つい先だって夜更けに伊勢海老一匹の到来物があった。」の1行で始まります。いつもこのようにちょっと変わった短い一文が最初にきます。

 次の「身体髪膚(はっぷ)」の書き出しは

「ほんのかすり傷だが久しぶりに怪我をした。」の1行です。

 そして次の「隣の神様」の書き出しは

「生まれて初めて喪服を作った。」です。

一つのエッセイの中で、話題が急に変わることがしばしばですが、最後にはそれぞれのエッセイのタイトルにそった内容にまとめ上げられます。この手法も巧みだと思います。

 

このエッセイを初めて読んだ時、もう20年ぐらい前のことですが、内容が当時流行っていたホームドラマのような感じがして、ちょっと好きになれませんでした。著者がこの頃から「死の予感」めいたものを密かに感じていたのか、何となく人の死を意識した箇所も気になりました。しかし、時間がたってみると、折に触れて読みたくなる本でした。今回もまた、好きなところを適当に開いて、2つ3つと短い文章を読んで、心が癒やされています。