わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

こんな本読んだことありますか? 『羊の歌 —わが回想—』(加藤周一著、岩波新書)

2021年1月18日

 

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本棚を整理していて、普段手がとどかない場所に古い新書を見つけました。自分で買った本に間違いないのですが、内容も、いつ読んだのかも記憶にありませんでした。表紙も、中のページも紙が全体に茶色に変色していました。加藤周一著『羊の歌』。表紙をあけたトビラには確かに私の若い頃の万年筆のサインが入っています。最後のページには、1973年12月31日終了と、これも同じ万年筆で書かれています。この本は1968年刊行ですが、今でも読みつがれて、なかば古典となっているようです。パラパラとページをめくっているうちに、途中に私の若い頃の毛髪が1本挟まっているのに気が付きました。今とは違い、しっかりしたつやのある毛髪です。なにか昔の自分に巡り合ったようでとても懐かしく、またその毛を元のページに落ちないようしっかり挟みました。

 

この本を読んだ1973年といえば、私は24歳。大学院で勉強するために九州の福岡にいました。毎日自分の専門の理系の教科書や論文ばかりを忙しく読んでいた時代に、なぜこの本を買って読んだのか、そしてなぜそれを処分しないで持っておこうと決めたのか、全く憶えていません。インターネットで調べると、加藤周一さん(1919-2008)は東京帝国大学医学部卒の医師であり、著名な評論家でもあります。非常に多くの著書があります。哲学者の鶴見俊輔氏や作家の大江健三郎氏らと結成した「九条の会」の呼びかけ人です。70年安保反対運動が全国的に広がり、学生運動も含めて大きな社会的うねりとなった時代に、憲法擁護の論陣を張った人です。私も少なからず共感をおぼえて、この本を買ったのだと思います。

 

今読み返すと、本書は著者の幼少期から大学時代、そして終戦を迎えるまでの丁寧な回想録であることが分かります。時代は今とはずいぶん違うのですが、戦前・戦中・戦後の日本の社会とそこに生きた著者の姿が克明に描かれています。これだけしっかりと描かれると、この本を読んだ後には、簡単に本を処分しようという気が無くなるのが自然かもしれません。当時の私も、これを読んで、こまかな内容は憶えていなくても、著者の生き方に何か強く感じるものがあったのでしょう。

 

今の時代にこの本がどれだけの意味があるのかは分かりません。しかも豊かなエリート階級に生まれ育った人の話です。しかし、今の若い世代の人たちが、昔の日本人がどんな教育を受け、どんな夢を持ち、どんな現実にぶつかって悩んでいたのかを知ることも大事かもしれません。もしかしたら、時代は変わっても若者の意識や行動は基本的にそれほど変わらないかもしれない。戦争があった時代に若者はどう生きたのか。昔の人の半生を学ぶのは、歴史(とくに日本近代史)を学ぶことにつながると思います。