わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

この本もう読みましたか?  『楽園のカンヴァス』(原田マハ著、新潮文庫)

2020年5月22日

 

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文庫本の表紙カバーは有名なアンリ・ルソーの「夢」。ルソーが1910年にアンデパンダン展に出品した油彩画で、ニューヨーク近代美術館所蔵の作品です。ルソーはこの作品を出した年の夏の終わりに66歳で死去。これはルソー最後の作品です。ジャングルの中に置かれたソファーに横たわる裸婦。その回りにライオンやゾウや蛇や鳥や笛を吹く土人。ジャングルの植物が明るい緑色や暗緑色で生き生きと描かれていています。この本のカバーを見た時、読者は「さあ、これからルソーのどんな世界に導かれるのだろう」と期待に胸が膨らみます。

 

『楽園のカンヴァス』はルソーのこの「夢」にまつわるミステリーです。ミステリーは倉敷の大原美術館ニューヨーク近代美術館MoMA)、スイスのバーゼルを舞台に展開します。著者のMoMAや日本の美術館関係ので仕事の実体験がこの作品中に十分生かされています。

 

私は普段、美術館では学芸員(キュレーター)とか監視員とかの区別がつかなくて、会場でじっと座って展示室の世話をしている人は殆ど学芸員だと思っていたのですが、本文を読み始めるとそうではないことがすぐに分かってきます。どうやら正式な学芸員になるには経験も知識もアカデミックな研究歴も必要で、かなり難かしそうです。世界的に著名な美術館となると学芸員になる道はますます厳しいでしょう。そんな美術館の内情を全く知らないでこの本を読み始めて、いろいろこの世界の複雑さを教えられました。

 

それにしても、著者の話の展開は劇的で面白い。ストーリーがよく考えられています。普段ミステリー文学にほとんど縁のなかった私にとっては、何もかもが新鮮でした。舞台の一つである倉敷は私の住んでいる岡山県にあるので、大原美術館にはよく行きます。ちなみに島根県松江市の小学校を卒業した私の修学旅行先は、倉敷の大原美術館と四国の栗林公園屋島金刀比羅宮でした。その時、エル・グレコの「受胎告知」をはじめ西洋名画を生まれて始めて目にしました。興奮して絵葉書も何枚も買ったおぼえがあります。そんな美術館が本文中に登場してきて親しみを憶えます(著者の原田マハさんは中学・高校時代を岡山市内で過ごしました)。

 

今は日本人の多くがいろいろな機会に西洋絵画に触れることができるのですが、その展示の裏で行われている展示企画などについての様々なことには、余り目が向けられません。この『楽園のカンヴァス』は、そういう学芸員、監視員、研究者、美術収集家などの世界をかいま見せてくれる興味深い作品です。読後はとても爽やかな印象。そしてこの本を読んで、ルソーへの理解がまた一段と深まったのも良かったです。