わたしの水彩スケッチと読書の旅

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名著を読む 『思考の整理学』(外山滋比古著、ちくま文庫)(そのIV)

2020年8月14日

 

『思考の整理学』の残り4分の1。第5部と6部です。ここまで読んできた感想として、普通のハウツー本とあまりかわりないなあ、と思う人も中にはいるかもしれません。しかし、この本で外山さんが力を入れているのは、この残りの部分、特に第6部だ、と私は思います。

 

第5部の最初の章は「しゃべる」。書き上げた原稿を声に出して読んでみると、文章の穴を見つけやすい、と書かれています。例として、有名な『平家物語』をあげ、これはもともと頭のいい人が書いた物語であるが、琵琶法師の声による無数の推敲を経てあのような結晶的純度の文学になったと説明しています。

 

そして、しゃべるに当たって、次のようなアドバイスも書かれています。

 

「俗世を離れた知的会話とは、まず、身近な人の名、固有名詞を引っぱり出さないことである。共通の知人の名前が出ると、どうしても、会話はゴシップに終わる。ゴシップからはネズミ一ぴき出ない。害あって益なしである。

 つぎに、過去形の動詞でものを言わないことである。「・・・であった」「・・した」という語り口もとかくゴシップがかる。「・・・ではなかろうか」「・・と考えられる」といった表現を用いれば、創造的なことが生まれやすい。」

 

私も身に覚えがあります。気をつけなければ。

 

続いての章は「談笑の間」、そして「垣根を越えて」。この2つの章では、筆者が経験した長く親しい交友関係(東京高等師範学校付属中学の同僚教師としてスタートし、30年続く「三人会」)が紹介されていて、これはかなり羨ましく思いました。普通、同業の仲間内では「親友」と呼べる友達がなかなかできません。絶えずお互いに仕事の上で競争しているからです。私も、退職して以来、27歳で就職して約40年続いた仕事生活(外山さんと同じく大学関係でした)を時々振り返ってみることがあるのですが、外山さんの「三人会」のような気楽で楽しい同世代の友人関係は、私の場合には残念ながら築けませんでした。

 

「同業、同じ方面のことを専攻にしている人間同士が話し合うと、どうしても話題は悪く専門的になる。話が小さくなりがちである。便利な知識を得られるのはいいとしても、お互いに警戒的になっているときの頭からは、本当におもしろいことは飛び出してこないものである。

 気心が知れていて、しかも、なるべく縁のうすいことをしている人が集まって、現実離れした話をすると、触媒作用による発見が期待できる。セレンディピティの着想も可能になる。なによりも、生々として、躍動的な思考ができて、たのしい。時のたつのを忘れて語り合うというのは、多くこういう仲間においてである」。

 

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そして最終の第6部は「第一次的現実」で始まり、「コンピューター」で終わります。この部分は、著者の思いを理解するために、繰り返し読みたいところです。第1部で述べられたグライダーと飛行機のたとえ話が、最初のときよりもう少し具体的に説明されます。外山さんの思考の深さが、ここにきてよく分かります。

 

コンピューターの出現で変わる(変わらなければならない)教育。そのことがかなり強い調子で語られます。

 

「きわめて優秀な記憶再生の装置がつくられることになって、不完全な装置を頭の中へ組み込もうとしてきた、これまでの人間教育が急に間の抜けたものに見え出してきた。学校はコンピューター人間を育ててきた。しかもそれは機械に負けてしまうコンピューター人間である。機械が人間を排除するのは歴史の必然である。現代は新しい機械の挑戦を受けるという問題に直面しているのに、お互いそれほどの危機感をいだいていない。きのうまでのことがきょうも続き、きょうのことは明日もその通りはこぶであろうという楽観的保守主義に目がくらんでいるためであろう。」

 

コンピューターや更には現在のAI(人工知能)の発展まで見据えて、記憶と再生に重きをおいた現在の教育(大学教育を含めて)の限界や、将来の人間の思考のあり方まで語られています。本書の最後は次の言葉で締めくくられています。

 

「人間らしく生きていくことは、人間にしかできない、という点で、すぐれて創造的、独創的である。コンピューターがあらわれて、これからの人間はどう変化して行くであろうか。それを洞察するのは人間でなくてはできない。これこそまさに創造的思考である。」

 

『思考の整理学』を4回に分けてゆっくり読んでみました。やはり、長く読みつがれる名著だと思います。文章も平易で、論理的です。現役の大学生に一番におすすめですが、社会で活躍中の人たちにも、現在の思考のありかたを整理し、将来を展望するために、役立つと思います。

 

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