わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

ローカルFM放送出演5月

2015年5月15日
 
昨日はFMくらしきに午後3時15分から15分間出演しました。4月の第二木曜日に続いて2回目です。最初の出演の時に比べると緊張感も薄れ、自分ではゆったりとした気分で話ができた、とかなり満足して家路につきました。しかし、帰宅後放送局でいただいた録音CDを再生して聴いてみると、何とも分かりにくい話しぶり。自分が持って生まれた声なので、もう変えようがないし、今更発声練習とかしたくないのですが、それにしても司会の小野須磨子さんの歯切れのよい発声に比べてかなり見劣りがします。しかも私の場合、標準語からすこしずれた発音やアクセント。それでいっぺんに意気消沈してしまいました。今回話した内容は、「夏のスケッチの注意事項や倉敷での水彩スケッチのポイント」などでした。これはこの近くで絵を描いている人なら誰でも話せることで、特に私が登場しなくてもいいようなものです。私が言えることといえば、「アマチュアでどれだけ楽しく絵を描けるか」、ということぐらいです。
 
私は、生まれつき人の前で話をするのが苦手です。子供の頃はこれがかなりひどかったのですが、大人になって若い人に教えるという職業についてから、かなり改善されました。しかし、この歳になってもかなり言語能力には問題があります。これは自分の脳の特徴なので仕方がないのですが、考えてみるに、やはり人間は生まれ育った土地の言葉で話せば、それが一番楽なのかもしれないなあと、思ったりします。日本語の標準語は地方によっては苦手あるいは苦痛に感じる人も多いのではないでしょうか。ちなみに私は福井県生まれの父と島根県生まれの母の間に生まれ、微妙な方言の世界で育って来ました。少年時代は島根県鳥取県の3つの市で過ごしましたが、同じ山陰地方でも3つの市で使う言葉が全く違いました。成人してからは山陰から中国山脈を超えて山陰地方とは文化的雰囲気の異なる岡山県、本州から海峡を渡った福岡県、そして短いながらも神戸で言葉の影響を受けました。普段は標準語で話しているつもりですが、ふと知らず知らずのうちに生まれ故郷の山陰の方言のイントネーションや博多言葉や岡山弁が混じります。これは自分でも不思議です。
 
ラジオ出演の出来を反省して「だけど、こんなことでは駄目ですね」と標準語でひとりごとを言おうとすると、自分の頭のなかのいろいろな言葉が浮かんで来ました。
 
岡山弁「じゃけど、こんなんじゃ、おえりゃーせんなー」
父の福井弁「しゃーけんどお、これやったらあかへんわなあ」
母の出雲弁「だけどねえ、こげなことしちょったら、駄目だわね」
博多弁「ばってん、こぎゃんことしとっちゃ、駄目ったい」
こんな言葉のニュアンスが、ただでさえ貧弱な私の言語中枢を陰で混乱させているのです。
 
「絵がうまくなりたい! 文章がうまくなりたい!」とは思うのですが、「喋るのがうまくなりたい」とは強烈には思わないのも話すのが駄目な原因かもしれません。こんな歳をとってから、こんな反省、もうしなくていいですかね?