家康公 今も地元で 人気者(愛知県岡崎市 八丁味噌醸造蔵と六所神社 水彩スケッチ)
2012年10月
今日は徳川家康(幼名竹千代)誕生の地として有名な三河の国・岡崎の水彩スケッチです。岡崎市の中心、今は岡崎公園に位置する岡崎城は、昭和34年に復元された城ですが、やはり江戸時代の原点となる場所だけに、訪れる人も日本の歴史を振り返って、特別の思いにひたることができます。
岡崎市は、現在は、岡崎城や家康に関連する寺社、旧跡を除けば、特に目立つ都市ではなく、普通のどこにでもある地方都市です。しかし、岡崎は、知る人ぞ知る日本の基礎科学研究の一大拠点です。文部科学省の管轄する研究所群は名鉄東岡崎駅の南の閑静な住宅地の中に、やや場違いな雰囲気で並んでいます。ここでは、日本の最先端の研究設備が整い、「日本の頭脳」と言われる人たちが集まり、物理、化学、生物学などの基礎研究が行われています。筑波の学園都市などとは違い、人工的な研究学園都市という感じではなく、住宅地に囲まれる形で大きな研究所があるのが、なにかチグハグで日本的で面白いですね。
研究所群の近くにある県立岡崎高校は、東大など有力大学への進学率が高いので有名です。地方都市の一県立高校なのに、有名大学への進学率が高いのは、研究所に勤める研究者の子弟が多いため、と週刊誌の見出しにいつか書いてありました。高校のそばを通ると、やはりなんてことはない普通の高校です。音楽の時間なのか、男女混声の合唱が流れてきました。「今宵出船か お名残り惜しや 暗い波間に 雪が散る 船は見えねど別れの小唄に 沖じゃ千鳥も 鳴くぞいな……….」。あれれ、今の高校でもこんな歌うたうの?? ま、いいか。こういう古い歌の古い情緒も、若い人には勉強になるかもね。何でも学んで、いい大人になってください。
午後、日差しがやや傾き始めたころ、八丁味噌の味噌蔵が並ぶ「八丁蔵通り」でスケッチしました。高校生の帰りの自転車が時々通るだけの静かな通りで、落ち着いてスケッチしました。季節はずれの高い気温となり、やや蚊が多くて困りましたが…….。この辺りには東海道の岡崎の宿の雰囲気が少し残っているそうです。確かにスケッチが出来上がってみると、ああ東海道だ、というような絵になるので、不思議です。このすぐ近くを矢作(やはぎ)川が流れています。三河の国という昔の国名は、矢作川を含むこの地域を流れる三つの大きな川に由来するそうです。
翌日、朝6時からホテルのそばの六所神社の門をスケッチしました。徳川家康ゆかりの神社で、解説書には安産祈願の神社とありました。朝6時なのに近所の人たちが次々に参拝に訪れます。「葵の御紋」が神社の正面の神社幕に見えます。さすが、家康公は地元では今でも人気ですね。神社は中に重要文化財を多数持っているせいか、朝はセコムの管理するゲートが固く閉められていて、門をくぐって中に入れません。ちょっとこの辺が変わっていますが、仕方ないのでしょうか。
神社の門の造りは意外と木組みが複雑で、描いているうちに、つじつまが合わなくなりそうです。初めにこういう複雑な建物を設計した昔の人は偉かったのですね。朱塗りの堂々とした門のスケッチに約1時間。朝7時を過ぎ、スケッチを終わって通りに出ると、通学の生徒たちがもう歩き始めていました。