わたしの水彩スケッチと読書の旅

どこまでも、のんびり思索の旅です

母97歳の誕生日

2021年7月3日

 

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私の母が今日97歳の誕生日を迎えました。頭も体もしっかりしています。これまで週3回デイサービスに行っていましたが、来週からは施設にお願いして更に1日増えることになりました。デイサービスでは、午前中にリハビリの器械を使って体を動かすのが好きなようです。マッサージも気に入っています。午後の趣味の時間も大好きです。

 

デイサービスの無い日は、近くのスーパーまで1時間半ほど歩行器を押して出かけます。そばで見ていて本当に元気。耳が遠い以外は特に問題がありません。お医者さんも10年ぐらい前から「これは100歳までいくね」と言って下さっていましたが、本当にそうなりそうです。デイサービスの人の話では、(比較的)若い複数の男性と五目並べをして、時には母のほうが強い時があるとか。絵も習字もうまくて、デイサービスでは人気者だそうです。

 

大正13年生まれ。島根県の女子師範を出て、結婚までの短い間、中学校の数学の教師をしていました。私が生まれた後は専業主婦。田舎の地方都市で2人の子どもを育てて、あとは地域のボランディア活動などをしていました。十数年まえに父が亡くなってからはしばらく一人暮らし。その後5年前から私のところで一緒に暮らしています。

 

母を見ていて、人間が生きる意味について考えさせられることが時々あります。

私など、とてもこんな歳まで生きられないし、母のようにその時与えられた状況に満足して楽しそうに生きられるのか、自信がありません。私は、はっきりとした目標なしには、いくら健康でも長生きしたくない。そう思っています。いつも生きるための「目標」「戦略」「短期・長期計画」などが頭をもたげてきます。いつもそうやってこれまで生きてきたので仕方がないのですが、そんな生きる「目標」などが全くなさそうな母を見ていると、うーん、これでもいいのかなあ・・・と逆に教えられる気がするのです。人間もだんだん歳を重ねて余分な枝葉がなくなってくると、うちの猫と同じで、とにかく毎日元気で楽しく生きることで十分幸せな気分になるのでしょうか・・・。

 

人間も他の動物と同じで、本来は適度な栄養と運動と睡眠が取れれば他のことはどうでもいいのかもしれない。世間のさまざまな情報や周りの人達との関係に惑わされること無く、自分のペースで与えられた命を生きていく。それで幸せなのかもしれません。今の母を見ていると、時々退屈そうな素振りを見せますが、まだ人生そのものに退屈しているわけではなさそうです。むしろ日々楽しそうに生きているように見えます。

 

◎高齢者から学ぶことはたくさんあります。